2023年8月29日火曜日

出隆の「真理について」(1)



















昨日から大阪に来ている

昨夜は現役時代にお世話になった免疫学者との会食があった

拙著『免疫から哲学としての科学へ』はすでにお読みいただいているかと思ったが、スラスラとはいかないとのことでまだのようであった

ただ読了部分については、いろいろな問題点が指摘された

特に興味を惹かれたのは、アジュバントに関連した自然免疫の問題と免疫記憶という現象だったとのこと

アジュバントに関しては免疫学者の思考の枠外に置かれていたため、長くその意味は考慮されることがなかった

それを思考の枠内に入れて深く考察したのが、ジェーンウェイというアメリカの免疫学者であった

また、免疫記憶の実態は話をすればするほど見えなくなり、まだまだ謎が多いことが明らかになる

我々免疫学者は、教科書に書かれてあることを読み、それをそのまま受け入れ前提とするところがある

これは他の領域でも同じだろう

しかし、実際にはよく分かっていないことが稀ではない

その点を意識するためには、「それは本当な何なのか?」という根本に迫る哲学的問いを改めて出すことが重要になるだろう

拙著では、新たな枠組みを作った人の共通点として、免疫学のイニシエーションを受けていないことを挙げた

つまり、そのような前提から自由な人が新しい世界を開く可能性が高いということを強調したかったからである

拙著は、これまで免疫学をやって来た人が頭を整理したり、免疫学を大きな視点から見直す上で欠かせない本であるとの評価をいただいた

特に経験を積んだ専門家には一度手に取っていただきたい本である



さて本日も『哲学以前』のつづきで、「真理について」考える

一般的には、科学的知識だけが真理であり、客観的な実在を示すと考えられているようである

しかしこれまで見たように、宗教にも真理があり、科学が示す実在とは違う実在があるかもしれない

ここで、真理とか実在ということについて考え直すことにしたい


ある「もの・こと」がある立場に立てばAに見えるし、別の立場からはBにも見える

そのどちらかとも決められないということがある

これは真理が1つではないと言っているようでもある

これに対して、真理は1つであるという考え方もある

著者はこの違いをこう説明する

それぞれの立場に現れる世界、すなわち「現象」「表象」が前者で、立場のいかんにかかわらず我々の外に客観的に厳存するところのもの、すなわち「本質」「実体」と呼ばれるものが後者である

普通、真偽の区別は、心に現れるもの=表象と、外界に実際に存在するもの=実在とが一致する場合に真とし、違っていれば偽としている

これは模写説と呼ばれ、常識に植え付けられている見方だが、これをそのまま主張する学者はほとんどいないという

まず、表象が外界の実在をそのまま写しているとはとても言えない

歴史的知識や自然科学の記述なども対象をそのまま複写しているわけではない

模写説以外にも新実在論プラグマティズムによる真理観があるとしているが、ここでは詳説されていない

著者は模写説に対立するものの中で理性主義を取り上げている

模写説が経験的な実在を基準とするのに対して、これは判断する側の理性的思惟を重視する

すなわち、何人もこのように考えなければならないとされる場合に真理とするという立場である






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