2026年9月12日土曜日

「生命と愛の芸術家」草間彌生


























今朝、テレビを付けると草間彌生(1929-2026.8.14)の追悼番組が流れていた

富士を版画にする過程を追ったところで、昔観たようにも思ったが最後まで観ることにした

草間彌生で思い出すのは、かなり前のことになるが、日本を代表する芸術家との対談をテレビで観た時のことである

訥々とした語りではあったが、この世界の認識の深さと鋭さに大きな違いがあることが見え、強い印象を残した

それ以前にも同じようなことを感じたことがある

大江健三郎(1935-2023)が、ある文筆家とテレビで対談している時のことであった


さて、今日の番組で彫師、摺師の技を見て、改めて感銘を受ける

草間は、自分の周りを水玉で満たしていくと自分が消えていくように感じることを「自己消滅」と言っているという

興味深く聞いた

これは、彫師も水玉を彫っている時に感じたという、「いま」に集中している時に時間が消え、宙に浮いているように感じるあの感覚にも近いように見えるのだが、

草間は最後には「生命と愛の芸術家」とでも言うべき境地に辿り着き、亡くなったのではないか

以前に観た時には浮かばなかったそんな感想が浮かんできた貴重な時間となった

最後まで観ることにして良かったと言えそうである












2026年9月10日木曜日

秋が静かに進んでいる



























昨日は、前日の異次元の体験があったせいか、この現実が新鮮に見える朝であった

少し前までは瘦せて見えたススキの穂が豊かになり、風に身を任せている

手前に目をやると、蝶とトンボが秋の舞いを見せてくれている

向こうの家から白熱電球の光が漏れているように見えたが、黄色になってきた葉であった

パリで見た室内からのオレンジ色の明かりが重なったのだろうか

何とも長閑な景色で、至福の時間と言ってもよさそうである


さて、今日はどんな一日になるのだろうか

いつもの通り、ひと日が終わるまで想像もできない










2026年9月8日火曜日

リドリー・スコットの「ラスト・サバイバー」を観る



























今日は午後から手持無沙汰になったので、近くで映画を観ることにした

こういうことは珍しい

コンシュが一段落したことと関係がありそうではあるのだが、、

調べたところ、リドリー・スコット(1937-)監督の「ラスト・サバイバー」(原題:The Dog Stars)というのがすぐ始まるようだったので、観ることにした

内容は想像していたものと全く違った

印象に残ったのは、大自然を俯瞰する映像と、その中を飛んでいる感覚を味わうことができたことだろうか

その間に起こっている出来事は surreal というか、今のわたしにはほとんど意味のないものに見えた

また、邦題には一工夫必要だったかもしれない

シネマを出ると、コンシュの翻訳について問い合わせが届いていて、現実に戻った










2026年9月6日日曜日

コンシュ『形而上学』の念校を終える















昨日から、コンシュ『形而上学』の索引の検討と本文の読み直しに当たっていた

先ほどその作業を終え、編集者の方に送った

最初に取り掛かったのが2024年の11月なので、2年が流れようとしている

結構長い時間かかったが、取り敢えずここまできたということになる

少しだけ解放された気分である


これから秋のカフェ/フォーラムシリーズが待っている

それから、新たなプロジェにも入ることができそうである

さて、どのようなことになりますか











2026年9月5日土曜日

コンシュの『形而上学』から改めて翻訳を考える



























昨日で、コンシュ『形而上学』の念校を一応読み終えた

それにしても、まだ手を加えるところが出てくるとは、驚くほかない

読むたびに、新しいところが気になってくる

毎回、認識が深まっているとは思いたいのだが、、、

今日から索引にも目を通しているところだが、そこからも新たな改善点が現れてくる

当初の認識がいかに浅いものであったのかということが分かる

思い返せば、最初に原著に当たった時に掴んだと思っていたことは、ほんの表層に留まっていたのだろう

著者の細かな思考の息遣いを感じ取るには、やはり翻訳をするしかないのだろうか

今は、全体的な整合性を見る段階に入っているが、そこまで来て初めて、著者が何を言いたかったのかがより鮮明に見えてくる

一人の人間の世界を理解しようとすると、途轍もない労力が求められるということなのだろう










2026年9月2日水曜日

サイファイフォーラムFPSSについての感想届く



























7月11日に第17回のサイファイフォーラムFPSSが開催された

この会についての感想がエッセイの形でSPNL(Science and Philosophy for Nature and Life)と名づけた交流の場に届いたので紹介したい

佐賀徹雄「第17回FPSS雑感

この中には今回のFPSSについての感想だけではなく、ISHEの活動を支える考え方、さらに現代の問題にも触れられているので、お読みいただければ幸いである

また、SPNLは3年前に立ち上げたが、これまで休眠状態であった

これを機に交流が盛んになることを願っている

皆様の参加を期待したい












2026年9月1日火曜日

今年最後の4か月期始まる


























1年を4か月単位で3期に分けて考えるとすれば、今年最後の期が始まることになる

こういう見方はフランスにはあったように思うが、日本ではあまり聞いたことがない

そんなことありませんよ、という場合にはお知らせ願いたい

今年の第3期はコンシュ『形而上学』の念校に向き合うところから始まった

先日も触れたように、時の流れが遅い(あるいは消えることがある)ので、1日が非常に長く感じられる

ここに秋のカフェ/フォーラム、そして新しいプロジェが入ってくることは間違いないだろう

他の何かが入ってくること、ありやなしや

この期がどのようなものになるのか、想像もできない

全くの白紙である

今はその時の流れの中に入るのを待つばかりである

おそらく、それでよいのだろう


今日は、ボストン時代の1曲を貼り付けておきたい

わたしの中では、半世紀前も全く古びていない




















2026年8月27日木曜日

マルセル・コンシュ『形而上学』の念校届く



























コンシュ『形而上学』の念校が届いた

本書の刊行準備も大詰めを迎えたことになる

今回、新しい検討事項も加わっており、最後まで心を平静にして集中したいものである

これまでの経験から言えることは、人間の注意力には限界があり、どれだけ徹底したと思っても抜け落ちるところがあるということである

不思議なことだが、最終的に印刷されて初めて目に入る誤りというのもあるので、要注意である

今度はどのようなことになるだろうか

これから始めることにしたい














2026年8月25日火曜日

10年前の今頃、パリからトゥールへ








2015年12月にスートゥナンスを終え、2016年の春に大学院博士課程を修了した

そしてその年の今頃、パリからトゥールへの引っ越し準備をしていた

その写真が出てきたので、ブログ記事とすることにした

実に懐かしい

その日、朝早く目が覚めた

朝焼けがまぶしかったのを思い出す







徐に、荷物の整理が始めた

写真を見ていると、9年間の塵が積もり、足の踏み場もなくなるほど乱れている部屋の様子が浮かんできた

今でもそこにいるような感覚になる


整理にかなりの労力を使ったので、終わった時にはホッとした

と同時に、パリでの時を共にしたアパルトマンと別れることになるためか、どこか物寂しさを感じたものである

キッチンの写真も出てきたので以下に貼り付けておきたい


















多くのものをもたらしてくれた時間と共にあった小さな空間である









2026年8月23日日曜日

変容を続ける庭



























快晴の下、紫煙をくゆらせながら庭を眺める

緑が深い

黄色い花の蜜を吸っているのか、蝶々が飛び回っている

なぜか心が和み、越し方のいろいろな出来事が蘇ってきた

庭には一切手を付けず、植物がどのように育っていくのかを眺めることにした

毎年変化を見せるそのさまを驚きながら楽しんでいる

ここ4-5年で大きく変わってきたのは、どこからか飛んできた松ぼっくりから松の木が育ってきていることだろうか

最初に気づいたのは5年ほど前

冬に鮮やかな緑が目に入った時であった

その時10センチくらいだったものが、今では2メートルを超える丈にまで育っている

さらにそこから種子が飛んだのだろう

至る所に小さな松が広がっている

いつものことながら、植物の持つ驚異の生命力に目を見張る

これからどういうことになるのか、楽しみにしているところである