2026年5月26日火曜日

快活な老年





今日のYoutubeには、この映像が紛れ込んでいた

1929(昭和4)年に撮影されたもので、快活なご老人の姿が映っている

まず、当時から矍鑠とした百寿者がいたということに驚いた

中に103歳の男性が出てきて、最後に立ち上がる時、まだシガーをやっているのかと思い嬉しくなったが、見直したところ杖の先であった

いずれにしても19世紀に生きていた人たちの生の姿に触れ、時を越えて生きる力がこちらにも伝わってきたように感じた

嬉しい遭遇であった








2026年5月25日月曜日

老年の美学を考える



























今日は何を思ったか、久しぶりのジャンルのお店に向かった

しかし、本日閉店であった

なぜ確かめてから出なかったのかとも思ったが、後の祭り

周辺の書店数軒を覗くことにした

その中の1軒で、筒井康隆(1934–)の『老人の美学』に手が伸びた

冒頭に人生の時間割について書かれた部分があったからだ

自分の考えは、『生き方としての哲学:より深い幸福へ』の中で触れているが(「人生」考でも再度取り上げている)、それとは違う見方であった

こればかりは人それぞれになるのだろう

全体的に現世の要素が色濃く出ていて、一般読者には受け入れやすい内容になっているのではないかと思った

雑談のようなものなので帰りの電車で読了したが、特に新しいことは出て来なかった

これを読みながら、ひょっとすると、自分は老年の過ごし方のエキスパートになりつつあるのではないかという感想が浮かんできた


振り返れば、還暦に際して、独立して仕事をしていた期間(ほぼ20年)と同じくらいの時間がこれから与えられるとすれば、それなりのことができるのではないかと考えていた記憶がある

その期間の終わりは近づいている

その時、どのような感想を持つのであろうか


老いは突然現れるので何とも言えないが、世に言われている人生百年時代ということになると想像を超える長さである

それをどう生きるのかということは、仕事をどうするのかを考えてきた以上に創造性が求められる重要な問題になりそうである









2026年5月24日日曜日

今日もホッパーの世界の中で



























今日は精神の拘束を解き、空を見上げることができるような椅子に座り、考えを自由に羽ばたかせることにした

久しぶりのことである

7月のカフェ/フォーラムのことが浮かんできた

現代的課題などというタイトルをつけたものもあるが、どこか公的な響きがあり、大げさにも聞こえる

そもそも公的・社会的な色を帯びるものに面白さを感じることはなかった

わたしを促すものはそこにはなかったという意味である

わたしを動かしてきたのは、特定の個人の小さな観察であったり、そこから生まれた考えであった

それを初めて感じたのが、将来を模索していた時期に出会ったフランス文化の中であった

その数年前からフランス語を始めていたという偶然の成せる業だろう

多くの促しがわたしの世界を広げてくれていたように思う


途中、現世のニュースにも目をやったが、興味を惹くものはなかった

やはり、問題は自らの内に在るのだろう

いつもの結論であった


セッティングはかなり違うが、気持ちの上では今日もホッパーの世界の中にいるように感じられる

穏やかな日曜の昼下がりである














2026年5月23日土曜日

エドワード・ホッパーの世界に生きていた

















今日の移動中、アメリカ滞在中のことが思い出された

そして、後半の5年間を過ごしたニューヨークでの生活は、エドワード・ホッパー(1882–1967)の絵の世界にいたのではないかという考えが浮かんだ

当時はそんな意識はなかった

40年以上が経過し、その生活全体を小さな塊として捉えることができるようになった今だからこその感想なのだろう

マンハッタンとロングアイランドの対比が印象的であった

今日取り上げたものは、ロングアイランドのイメージと重なる
























2026年5月21日木曜日

フランス生活の一瞬を追体験、そして「人生」考





























今日は用事があり、外出

そこで昔のブログを眺めていた

フランス滞在中の記事には、実に多くの写真が出てくる

しかも写真が画面いっぱいに広がっているものが少なくない

型にはまらない自由さをそこに見た

その中で、2013年6月2日の記事にあった移動中の写真が瑞々しく美しいと感じた

その瞬間に景色を撮っている人の感動がそのまま写真に現われるのだろうか

その追体験の証を本日の写真とした


また、外出先で、『「人生」考』のページに一つの記事を追加した

すでに発表済みではあるが、わたしが重要だと考えている「気づき」(悟り)についての一節である










2026年5月19日火曜日

サイファイ研究所ISHEのサイトについて考える


























先日、サイファイ研究所ISHEの意義について、Grokの見方を紹介した

2011年に科学と哲学に関する普及活動(SHE)を始めたが、もう1つPAWLが増えるのを切っ掛けに、両者のプラットフォームとして始めたのが、ISHEである

サイファイ研究所と銘打ってはいるが、わたしの中では自分の内的空間をイメージしたものであった

それが時を経るにしたがって、別の空間がまだ埋まっていないことに気づき、カフェの活動はさらに増えることになり、現在に至っている

この間、ISHEを紹介するサイトも運営していたが、当然のことながらISHE創設以降の内容に絞って掲載していた

ところが最近、ISHEの活動に至る以前の出来事も重要ではないかと考えるようになり、フランスでの全的観想生活が始まる前からのものも含め、関連する思索の跡をすべてリンクすることにした


フランスに向かう前には、これから「人類の遺産に分け入る旅」が始まるというイメージを持っていた

改めてISHEサイトを眺めていると、今も続いている旅の道行きを目にしているように感じる

そこには、頭の中だけではなく、この身が世界に触れた時に心の中に誘発された膨大な思いの記録が詰まっている

サイトにある1つのページの中に入ると、そこには想像もしなかったような世界が広がり、そこからさらに迷路のように奥につながる道があるといった具合で、このサイトの奥には鬱蒼とした森――それは人が溢れる森でもある――が広がっている

そんなイメージが浮かび上がる

これまではその時々に綴っていたブログが意識の前面に出ていて、ISHEサイトはどこか別のところにあるという感覚の中にいた

しかし今回、このような新たな視点を得たことで、ISHEサイトが自分の活動(コンシュが言う意味における)の全貌に迫る入り口になっていると感じることができるようになってきた

一日の始めに寄るべきところがISHEサイト、ということになるのだろうか









2026年5月15日金曜日

マルセル・コンシュ著『形而上学』のご案内
























拙訳のマルセル・コンシュ著『形而上学』(知泉書館)の刊行に向けて、現在準備中です

その案内ページを作りましたので、以下に貼り付けておきます


なお、章立ては以下のようになっております


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まえがき
プロローグ

第1章 哲学者になる
第2章 哲学者
第3章 形而上学の概要
第4章 哲学的自然主義
第5章 時間、時間性、時間化
第6章 「神」への確実な道
第7章 哲学の真理と実在性

エピローグ

補 遺
アルノー・プラニョルとの対談
アリオシャ・ワルド・ ロソウスキーとの対談
ディディエ・ローランスとの対談

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刊行の暁には、手に取ってお読みいただければ幸いです

よろしくお願いいたします










2026年5月12日火曜日

Oh! Carol が流れてくる














今日、Youtubeからニール・セダカ(1939–2026)の Oh! Carol が流れてきた

快晴の下、気分が浮き立つように感じた

子供の頃によく聞いていたのではないかと思う

大人になってからコンサートに行った記憶も蘇ってきた

当時も何かの切っ掛けで昔の記憶が刺激されたのかもしれない

調べたところ、1999年オーチャードホールであった

セダカさんが今年86歳で亡くなっていたことは知らなかった

この機会にいろいろなバージョンを聞き比べることにした

それにしても最近はAIの進出が著しい













2026年5月11日月曜日

夏のサイファイカフェ/フォーラムのお知らせ
























夏のカフェ/フォーラムシリーズを以下の要領で開催する予定です

皆様の参加をお待ちしております


◉ 第17回サイファイフォーラムFPSS
2026年7月11日(土)13:00~17:00
日仏会館 509会議室

1)矢倉英隆:シリーズ「科学と哲学」⑪ プラトン哲学と現代的課題
2)林 洋輔:文化のエグゼルシス:概念からPerforming Arts、そしてSportへ
3)森 望:生命との対話:二つのライフヒストリー  〜遺伝子・脳・言語・AI・音楽〜



◉ 第24回サイファイカフェSHE
2026年7月18日(土)14:30~17:00
恵比寿カルフール B会議室

フィリップ・クリルスキー著『免疫の科学論』を読む ②










2026年5月9日土曜日

中学・高校時代の空気を思い出す

























本日は、実に不思議な流れで、想定外の組み合わせの会食となった

中学、高校時代をともに過ごした人間が久しぶりに集まって語り合おうとYo氏が声を発したのが切っ掛けで、それに応じたS氏がYa氏も一緒にとのことで、このようなことになった

折角なので、100年以上の歴史を持つレストランの三代目となるYa氏のお店に集まることとなった

奥様とお二人でフル回転していたが、来月でその長い歴史に幕を下ろすという絶妙のタイミングであった

文化的な拠点にもなっていたと想像されるので、閉店は非常に残念である



わたしの記憶は人生の各フェーズ毎に入れ替わり、渡仏以前の記憶が次第に遠ざかっているため、中学・高校ともなると遥か彼方といった感じであった

しかし、話を聞いているうちに、記憶の彼方にあった名前が浮かび上がり、それぞれの人生の歩みがそれに続いた

すでに鬼籍に入られている方も少なくなく、やはり時の流れを感じざるを得なかった

ただ、普段は眠っている領域に少しだけ新しい空気が流れたような印象で、新鮮であった

このような機会を偶に持つのも悪くないのではないだろうか

最後に、またやりましょうか、という声も聞こえてきた

Ya氏の店仕舞いが落ち着いてからでも、どこからか声がかかることを期待したい



ところで本日、哲学科出身のYa氏から、ドニ・ド・ルージュモン(1906–1985)の『愛について――エロスとアガぺ――』(岩波書店、1959;1972)をご恵与いただいた

初めての方であり、新しい領域でもあるので、ゆっくりと読み進めたいものである