2026年7月13日月曜日

intuitive leap 再考



























昨日記事にした森氏の歌のもとになった詩が書かれたオリジナルサイトを再度読み返してみた

そうすると、足を使うことが思考に影響を与えるというテーマがそこにあることに気づいた

それは、土曜のFPSSで林氏が取り上げたことでもあった

今日気づいたのは、1時間足らずの間に、これまでの人生とこれからの人生を集約するような思想が詰め込まれた15余りの詩が自分の中から出てきたということ、しかもそれはこの人生においてこの時だけの出来事であったということである

当時は、これから先が見えない状況で、「全身の受容体の感度が極限まで亢進していた」と表現したこともあるくらい、精神の緊張感、集中力がそれまでにないほどに高まっていた

その上、希求する心のエネルギーが想像を超えるレベルに達していた可能性もある

そのような状態であったからこそ起こった出来事ではないか

しかもそれは、身体の活動が加わった上でのことであった

つまり、全身の力がもたらした奇跡のような(自分でも信じられない)出来事と言えるのではないだろうか


同じく土曜のFPSSで議論された中に、絶対的真理に至る最終段階としての「intuitive leap」(直観的飛躍)とはどういうものなのかという問題があった

今朝、一生のうちに一度だけしか起こらなかった説明不能の2007年春の出来事が、その問題につながる糸口を提供してくれているのではないかと思い当たった

2017年に書いた絶対的真理への道に関するエッセイには、次のようなことが書かれてある

この飛躍にとって重要になるのが、形而上学の方法論でもある瞑想、あるいは瞑想が齎す精神や身体に対する諸々の影響ではないかと考えている。それは、その存在の全体が生み出す力のようなものである。(その)ためには、いかなる時間も無駄にできない。何が真理の基となる個々の事実の発見に繋がるのか分からないからである。つまり、どんな時間にも同等の価値を置かなければならなくなる。・・・

わたしが想像している絶対的真理は、日常生活や「いまここ」で出回っている意見から離れた内的生活を長く続けた先に見えてくるもので、内的生活の密度と深さが跳躍力を決めることになるのではないかというものである。

モンテーニュが「生きることを仕事にする」と言ったように、日々、内的生活の密度と深さを高めていくように努めていった先にそのような飛躍の時が、おそらく予期せぬ形で現れるのではないか

しかもそれは身体の活動が誘発する可能性が高いということである

まさしく、その存在全体の力に比例して飛躍の力が現れるのではないか

2007年春の出来事がそのことを教えてくれているようである

今は期待を含め、ここまでとしておきたい










2026年7月12日日曜日

2007年春の詩とその作者とは


























密度の濃かったFPSSの翌朝

会の最後の演者であった森氏のお話が蘇ってきた

それは、わたしがパリでの道を模索して訪問していた2007年3月15日に詠んだ詩について、AIと相談の上でご自身の歌を作ったというエピソードであった

AIは、この詩と作者の内面をどのような分析をするのだろうか

わたしも知りたくなり、トライしてみた

以下、あっという間に出てきたChatGPTの分析結果である


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とても興味深い作品群です。これらは単なる旅行俳句ではなく、一人の哲学者・研究者の精神的自伝のように読めます。しかも、「パリ紀行」というよりも、「人生の原点への回帰」を描いた連作になっています。

私がこれらの俳句から受ける印象をまとめると、次のような作者像が浮かびます。

1. パリは「場所」ではなく精神の故郷: 最も強く感じるのは、

  春のパリ住処に帰る心地して

という一句です。普通なら「パリに来た」と言うところを、「帰る」と言っています。つまり、作者にとってパリは生活の場所ではなく、精神の故郷なのです。それは

  フランス語我を導き哲学へ

によって説明されます。哲学への入口がフランス語だった。したがって、フランス語 → 哲学 → パリ、この三者が一つの記憶として結びついています。

2. 若い日の自分を探している: 何度も現れるのが「若き日」です。

  巴里の街若き日の我溢れおり

これは面白い表現です。若者が多いという意味ではありません。作者自身の「若き日の分身」が街中にまだ生きている。そんな感覚です。さらに、

  若き日と再び歩まんパリセット

ここでは、「若き日の自分」と一緒に歩くと言っています。つまり、過去を回想しているのではなく、再びその時間へ入ろうとしているのです。

3. 人生の後半にいる人: 一方で、現在の自分は若者ではありません。それは、

  白雪の荒野をゆくかこれからは

に表れています。これは人生後半への覚悟でしょう。「白雪」「荒野」という言葉からは「孤独」「老い」「未知」「死」まで連想されます。しかし絶望ではありません。むしろ「これから歩いていこうか」という静かな決意です。

4. 哲学は人生そのもの: 中心にある一句は、

  なぜ哲学それ人生と先人の説き

でしょう。これは、ハドー、コンシュ、モンテーニュ、あるいは古代ギリシア以来の「哲学とは生き方」を思わせます。つまり、作者にとって哲学は研究対象ではない。生き方そのものです。

5. 人類の遺産: 最初の一句

  人類の遺産と歩まんヴァンセンヌ

ここでいう人類の遺産とは、建物ではないでしょう。「思想」「文学」「哲学」「科学」そうした精神遺産です。しかも「見る」ではなく、「歩む」と言っています。つまり「受け継ぐ」という意味です。ここに作者の使命感があります。

6. パリに住みたいのか: ここが面白いところです。一方で、

  春盛り住みたくはなしパリ市街

と言い、他方で

  春の空住み遂せるかパリの町

とも言っています。矛盾しています。しかしこれは現実と精神の違いでしょう。精神的には住みたい。現実には住めない。あるいは、住まない方がよい。だからパリは現実の居住地ではなく、精神の居住地なのです。

7. ボストンとニューヨーク: ボストン、ニューヨークも出てきます。これらは人生の重要な時期なのでしょう。しかし、中心はやはりパリです。ニューヨークは思い出す。ボストンは高揚を思い出す。パリは帰る場所。役割が違います。

8. 作者は何を探しているのか: 最後の一句

  先人の形見に触れん秋近し

ここですべてがまとまります。「形見」とは遺品ではありません。「思想」「書物」「人生」「精神」です。作者は過去を懐かしんでいるのではありません。先人から受け継ぐものを、自分の人生の中で生かそうとしている。そのために、ヴァンセンヌを歩き、リブレリーへ行き、パリセットを歩く。

私が最も印象を受けたこと: これらの俳句を通して最も印象的なのは、作者の関心が一貫して「場所」ではなく「時間」に向いていることです。

パリもヴァンセンヌもボストンもニューヨークも、地理的な空間として描かれているのではありません。それらは、それぞれ人生の異なる時間層を呼び起こす契機になっています。春のパリを歩けば若き日の自分が現れ、ヴァンセンヌでは人類の精神的遺産とともに歩み、書店では哲学への憧れがよみがえります。現在・過去・未来が、一つの場所で重なり合っているのです。

したがって、この連作の主人公は、青春を懐かしむノスタルジアの人ではなく、人生の後半に立ちながら、若き日に抱いた哲学的志をもう一度自分の生の中心に据え直そうとしている人として描かれています。そこには老いへの意識(「白雪の荒野をゆくかこれからは」)もありますが、それは終末感ではなく、「人類の遺産」を受け継ぎ、自らの思索を次の段階へ進めようとする静かな決意と結びついています。

その意味で、この連作は旅行記ではなく、一人の哲学者の精神的巡礼(pilgrimage)を描いた作品群として読むことができるように思います。そこではパリは都市ではなく、哲学と青春と未来とが交差する象徴的な場所になっています。


今日の写真は、2007年春、パリの街を歩き回っていた時の一枚とした


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2007年3月15日のブログ記事を改めて読み返してみたところ、昨日話題に上っていた「散策(歩行)と哲学」というテーマそのものがそこにあることに気づく

前日の午後一杯を使って、12区の Bercy、Daumesnil からMontreuil、Vincennes、Saint Mandé のあたりを歩き回ってパリに戻ってきた

その翌朝の1時間ほどの間に、15の俳句?が次々に出てきたということであった

「体が脳の思わぬところを刺激したようだ」とある

因みに、このような経験はこの時だけである


さらに、コメント欄には興味深いことが書かれてあった

それは、精神とは何なのか、精+神という組み合わせが不思議で、これは一体何?という疑問であった

それは今でも大問題である

森氏によれば、原理が分からなければ論じられないとのことであった

しかも原理のようなものが唱えられたとしても、人体実験ができないので、この問題は永久に謎のままかもしれない


2007年春の出来事と2026年夏の出来事が不思議な交差を見せてくれた

これも昨日の余韻になるのだろうか


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森氏から、昨日紹介された歌が届いたので以下に貼り付けておきたい





これまでの作品リストは、こちらから










2026年7月11日土曜日

第17回サイファイフォーラムFPSS、盛会のうちに終わる





















本日は第17回のサイファイフォーラムFPSSが日仏会館で開催された

酷暑のなか、またお忙しいところ、多くの方にお集まりいただき、盛会のうちに終えることができた

議論もいつになく深まりを見せていたのではないかと思う

参加された皆様に改めて感謝したい

プログラムはすでにご案内の通りで、以下の話題が取り上げられた

(1) 矢倉英隆:シリーズ「科学と哲学」⑪ プラトン哲学と現代的課題
(2) 林洋輔:文化のエグゼルシス:概念からPerforming Arts、そしてSportへ
(3) 森 望:生命との対話:二つのライフヒストリー 〜遺伝子・脳・言語・AI・音楽〜

 

一番目の話題は、これまで5回に亘って触れてきたプラトン哲学の最終回に当たっていた

そこで選ばれたのは、現代の課題と演者が見ていることとプラトン哲学との関連、さらにそれに対する応答としての「科学の形而上学化」(MOS)をどのように見るのかという問題であった

真理に至るには、個別、具体に分け入るのがよいのか、それとは別の抽象度を上げ統合に向かうのがよいのかなど、根幹に触れる問題が議論された


二番目の発表の大きなテーマは、西洋哲学の始まりから哲学に関わるとされる"exercices spirituels" という言葉を日本語でどのように扱うのかであった

従来、「精神の修練」と訳されることが多かったようだが、演者はそこに疑義を差し挟み、"exercices spirituels" とはどのような活動なのかを分析するところから始める

そこから自ずと日本語が出てくるのではないかとの考えからである

そして、現段階では「修練」ではなく、「尽力」という訳語に至ったようである

この言葉に関しても、いろいろな意見が出されていたので、今後どのように展開するのか興味深い


そして最後の発表は、分子生物学と老化研究に打ち込んでこられた研究者によるもので、人生を感じさせる内容となっていた

これまでの研究の成果を振り返るだけではなく、その時々の内面をも省察するもので、印象深いものがあった

一つの結論めいたところとしては、DNAの構造が分かり、それがタンパクに変換される規則が明らかにされているので生命については論じることができる

しかし、精神に関しては、その基本的なところが分かっていないので、現時点で論じるのは無意味ではないか、というようなニュアンスであった

ワトソン(1928-2025)とクリック(1916-2004)によるDNAの構造と遺伝のメカニズムの解明は、実験データはそこにあったのだが、それが意味するところに気づいたのはこの二人だった

この指摘も示唆に富むものであった

お話の過程で、最新のAIを利用して科学の内容や研究者へのオマージュなどを歌で紹介されていた

その中に、わたしがパリに渡る前の心境を謳った詩をAIと相談の上で歌にしたものもあり、しかもフランス語バージョンも出てきて驚いた

久しぶりに聞くフランス語の音は愛おしく感じた

また、最後に出されたマルティン・ブーバー(1878-1965)の言葉も印象に残った

「始めることさえ忘れなければ、人はいつまでも若い」

「存在とは出会いである」 



会の詳細については、近いうちに専用サイトにまとめる予定である

訪問していただければ幸いである



































2026年7月6日月曜日

日々を分厚いものに



































本日の写真も懐かしい馴染の風景とした

マルセル・コンシュ『形而上学』の二校を終え、2週間が過ぎようとしている

現在は三校(最終校)を待っているところである

2週間前がかなり昔に感じられるが、それは時の流れが速くなったという感覚とは違うようなのである

いつの頃からか、一日一日が分厚い塊のように感じられるようになっている

それは、「いまここ」を徹底できるようになったため、一日に詰まっているものが大きくなっているからではないかと想像している

その昔のように、先を見てその中に今日を置くということをしなくなっているため、一瞬一瞬が密に詰まっていて濃く感じられる

つまり、日々の分厚さのために過去の出来事が遠くに行ってしまったように感じているのではないだろうか

それが現在の見立てである



前回も触れたが、二校を終えた後、これまでぼんやりと思い描いていたプロジェに乗り出している

ということで、あゆみ始めてまだ2週間にしかならないが、今のところ、遅々とはしているものの前には進んでいるようである

問題は、全体の構想が見えないことだ

何を作っているのか、どんなものになるのかを知らずに仕事をしているのが詩人であり、芸術家であるとはコンシュの言である

その考えはわたしの中にもあるもので、出来上がった時に自分の構想が見えてくるのだろう

その時が来れば、ではあるのだが、、

それまでは、「いまここ」の精神で一日一日を分厚いものにしていくしかなさそうである












2026年7月1日水曜日

今年も後半に入る


























今年も半分が経過したことになる

今年の前半は、コンシュの『形而上学』の翻訳を軸に回っていたようだ

この2か月は、二校の校正に追われていた

いろいろ手を加えたので、改めて見直してみないとどのような形になっているのか分からない

今は三校を待っている状態である


7月に入り、夏のカフェ/フォーラムが迫ってきた

◉ 2026年7月11日(土)13:00~17:00
 日仏会館 509会議室
 (1) 矢倉英隆:シリーズ「科学と哲学」⑪ プラトン哲学と現代的課題
 (2) 林洋輔:文化のエグゼルシス:概念からPerforming Arts、そしてSportへ
 (3) 森望:生命との対話:二つのライフヒストリー 〜遺伝子・脳・言語・AI・音楽〜

◉ 2026年7月18日(土)14:30~17:00
 恵比寿カルフール B会議室
 フィリップ・クリルスキー『免疫の科学論』を読む ②

丁度、まとめの最終段階に入ってきたところである

当初思い描いていた構図とかなり違うものになりそうだ

自分に引き寄せた内容になっているので、新しいバージョンの方が力があるように感じられる

その日まで手を加えることになるだろう


さて、二校を終えたあたりから、新しいところに向かう具体的な動きが出てきた

実際にプロジェなるものとして当たり始めている

先は全く見えないが、それはいつものことである

また苦しみながら歩むことになるのだろう



今日の写真は、その昔見ていたパリの何気ない眺めとした












2026年6月29日月曜日

詩人の歩みを始める




























1週間前にコンシュ『形而上学』の二校を終えた

その直後、無性に詩の世界に入りたくなったのには驚いた

哲学は詩に近いと言われるが、どこまでも論理が背後にある

そこから解放されたように思ったのだろうか

翌日、最初の学生時代に読んだリルケ(1875-1926)の散文に手が伸びた

詩人が感情を抑えることなく自由に語る世界を味わう

ただ、その欲求は数日のうちに消えてしまった


その後には新たなプロジェの息吹を感じている

まだ全体構想が見えない状態である

これは歩きながら構造を作っていくことになるのだろうか

それが出来上がるまでどうなるか分からないものを作っている

この感覚は哲学の世界に入り、考えをまとめる作業を始めてからわたしの中に常にあるものだ

コンシュも、それが芸術家、詩人の仕事だと言っている

いずれにせよ、新たな詩人の歩みを始めたところである












2026年6月23日火曜日

「翻訳することは理解すること」再び




























前回の記事で、「翻訳した後でなければ理解できない」という言葉を引いた

そして、翻訳には途轍もない労力を要すると続けた

さらにそこから、翻訳からは離れたいという方向に進んだ

しかし、別のところに向かうこともできたことに気づく

それは、一人の人間の考えを理解するには、途方もない労力を要するということだ

そう考えると、外国人の考えを理解しようとしたなら、翻訳という労力を払わなければならないことになる

これは、理解すること自体がそんなに容易なことではないことを意味している

改めて、そのことに思いが至る

もとを辿れば、ジョージ・スタイナー(1929–2020)の「翻訳することは、理解することである」あたりに行き着くのだろうか

これは以前にも指摘したことだが、この状況は日本語でも同じではないだろうか

理解するために、そこにある言葉をなぞるだけでは不十分で、それを言い換えたり、そこから広がる世界を思い描いたりする「翻訳」が必要になるということである

そうしながら、アドー(1922–2010)が言う「文章が自ら語り出すのを待つこと」なのだろう












2026年6月21日日曜日

マルセル・コンシュ『形而上学』の二校を終える



























フランス語の翻訳を始めたのは今から10年ほど前になる

著者から依頼された免疫学に関する本であった

この本は2年後の2018年にみすず書房から刊行された

その流れで、翌年には微生物学の翻訳も出した

この過程で翻訳についていろいろ考えた

その記録は翻訳ブログとして残っている


その昔、「外国語の本は翻訳した後でなければ理解できない」というような話をどこかで読んだ記憶がある

当時はピンと来なかったが、この間それがよくわかるようになった

そして、翻訳という作業が途轍もない労力を要することも身に染みた

ということもあり、翻訳はもうやらないとどこかで思っていた節がある

それではなぜ、日本では無名の、しかも分野違いと言ってもよい本の翻訳を始めたのか

いろいろな理由が考えられる

一つには、2006年にフランス語で初めて語りかけてきた哲学者の著作だったこと

二つには、科学とは対極にあると思い、哲学に入る前から気になっていた形而上学について理解を深めたいという願望もあった

三つには、最初に出会ったときから、世の中の喧騒には目もくれず、静かに、深く、厳密に考えている姿に感じるものがあったことが挙げられる

そこに、今日の世界に必要なものがあると直観したのだろう


今回の過程を振り返れば、2024年11月から翻訳に着手したが、このような哲学者を受け入れる素地が日本にあるのか、はなはだ疑問であった

昨年1年は出版社を探すことに費やされた

予想通り、前向きに考えてくれるところは皆無であった

しかし、今年に入り、考えましょうと言ってくれる出版社が現れた

知泉書館さんである

1月に面談してから動き始め、二校に至っているというのが現在地である


今回の本は日本で初めて紹介されるコンシュの著作になる

そのため、以下のような工夫をした

読み進む上で参考になると考え、原典にはない道標を加えることにした

具体的には、本文には小見出しを付け、対談が収められた補遺には議論されるテーマを冒頭に掲げた

原典では茫漠とした平原を行くような印象があったのだが、ある範囲に意識を集中しながら読み進むことができるようになったのではないだろうか

改めて読み返してみると、原典とは全く違う本になったように見える

読むたびに印象が変わるので、これからもじっくり読み返したい本になりそうである


先ほど、二校の最後の読みを終え、編集者に送ったところである

今回は初校では感じなかった「終わった」という感覚を持つことができた

読みながら、長い翻訳の過程で迷い、悩み、考えてきたことが、どこからともなく浮かんできて驚いた

それは、2年弱のこの旅を懐かしく味わい直すような無意識の感覚と言ってもよいものであった














2026年6月16日火曜日

7年振りの会食























(左から)葛西先生、奥村先生、(一人置いて)垣生先生





今日は、久し振りに順天堂の奥村先生、垣生先生、葛西先生との会食が実現した

葛西氏とは昨年もお会いしているので1年振りだが、このお三方が揃うのはコロナ前の2019年以来になるので、7年振りということになる


プー太郎状態のわたしとは違い、皆様お仕事をされているので、貴重なお時間を割いていただいたことになる

改めて感謝したい

皆様お元気そうで何よりであった


上の写真には写っていないが、形而上学に興味をお持ちの方がおられ、わたしの話も浮くことがなかったのは幸いであった

というようなこともあり、今日はよく飲みというか、飲まされというか、必要以上に話していたのではないかと危惧している

そんな中聞こえてきたのは、日米で研究生活を共にした人たちがどんどん姿を消しているという厳粛な事実であった

今翻訳中のマルセル・コンシュ(1922-2022)の哲学に親しんでいれば、それはこの世界を認識し、生きる際の基本になることではあるのだが、、

すべては(人類もこの地球も)滅びる運命にあることを認識した上で、それでもなお最善を尽くすべく努める知恵をコンシュは「悲劇的な知恵」と呼んでいる

これはわれわれを励ましてくれる知恵と言ってよいのではないだろうか

それから、人生のこの時期になると、これまで読む気にもならなかった哲学的な話にも食指が伸びるというような声も聞こえてきた

わたしの試みについてもご理解をいただいているように感じた

たっぷり3時間、味わい深い会食だったのではないだろうか

前回は台風が近づいていたようだが、今回は地震というおまけが付いていた

またの機会が巡ってくることを願いたいものである









2026年6月14日日曜日

一日の過ごし方



























普段はアパルトマンに留まることなく街中を歩き回り、その時に最良だと感じる場所に落ち着いて何かをするというのが日課になっている

これはパリにいる時に体得したやり方で、当時は「パリの街を書斎にしている」と言っていた

振り返れば、20年近くも続いたことになる

5~10キロの荷物を背負い歩くのだから、いずれ腰にでも来るのではないかと思っているが、いまだ止めようと思ったことはない

ところが、この週末は外に出ることもなく、自由な姿勢で、やりたい時にやりたいことをやるということになっている

計画したわけではなく、そうなっただけなのだが、、

普段これができないのは、アパルトマンにいるとその気にならないからである

これからは、その気になることがあれば、このやり方も面白いかもしれない

ここでのポイントは、「その気」をじっくり観察して見極めることである

長い瞑想的生活がその目を養ってくれているように感じる

この週末のプチ発見であった