Jean-François Revel (1924-2006)
最近漏れ聞こえてくる政治状況を見ながら、記憶の底にあった言葉が浮かび上がってきた
それが、今日のタイトルである
フランスに向かう前に立ち上げた最初のブログに書いた記事の中の言葉である
もう20年前のことになる
この観察をしたのは、アカデミー・フランセーズ会員で作家のジャン=フランソワ・ルヴェルさん
彼はこの疑問に向き合ってきて、その回答をまとめているようだが、わたしはまだ目を通していない
しかし、歴史を振り返れば、この疑問が浮かんでくるのはよくわかる
どうしてそのことが見えないの?
という問いも成り立つが、もうそんなことはどうでもよくなっている可能性がある
威勢のいい方、何か面白そうな方に進んでみたくなるのが人間なのだ
とでも言いたいかのようである
以下に20年前の記事の関連部分を引用したい
こんなことも書いていたのか、という思いである
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フランスに揺られながら Dans le hamac de France
2006-04-07
私のもっとも深いところにある確信は、人の運命は情報の正確さ、誤りによって決まるというもの。それはこれまで教師、エッセイスト、編集者 (雑誌 L'Express の責任者を 1966-1981年の15年間勤める) の経験から培われ、確固たるものになった。
ただ、なぜ人は (個人、団体、政府すべてのレベルで) もっとも手に入りやすい真実ではなく、しばしば彼らのためにならない誤りや嘘を好むのか、という問題に常に直面した。この問題は "La connaissance inutile" 「無益な知識」 で論じている。
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[私語]
マスコミを見ていつも感じていることは、どうしてこうもふわふわした情報と議論に終始しているのだろうか、ということ。問題の在り処を示すような番組をほとんど見たことがない。そして何か過ちがあると、これから気をつけなければ、反省して出直さなければならないとその場をしのぎ、また同じことを繰り返す。ルヴェルさんの認識に立つとよく理解できる。要するに、人間とは真実など欲していないのだ、正しい判断であろうとなかろうとどうでもいいと思っている生き物なのだ、ということになる。人の求めるところに依存するマスコミにあっては、当然の内容ということになる。
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