2026年3月4日水曜日

第13回ベルクソンカフェ無事に終わる













今夜は第13回目となるベルクソンカフェを開催した

お忙しいところお集まりいただいた皆様に改めて感謝したい

今回は、マルセル・コンシュの Vivre et philosopher(『生きることと哲学すること』)という2011年の著作を読み、特に唯物論について考えることをテーマに据えた

本書はルシル・ラヴェッジというコロンビア大学パリ分校の哲学者の質問に答える形でまとめられている

同様の質問に1991年(20年前)にも答えているが、基本的なところは変わっていないという

ただ、序文でも指摘されているように、唯物論に対する考え方は変わったようである

そこで論じられていることは、以下のようなことであった


ものことの起源に精神を置く観念論、有神論、唯心論には反対するという意味で唯物論の陣営に属するが、正真正銘の唯物論者ではないと断っている

その理由として、

1)「人間は自然(ギリシア人が言う無限で永遠ですべてを包摂するピュシスの意味における)の一部である」とは言えるが、「人間は物質の一部である」とは言えない

2)すべての人間にとって根本的で普遍的な自然の経験はあるが、物質の経験はない

3)唯物論者に物質とは何かと問うと、それに答えるのは科学であるという答えが返ってくるが、その時、哲学は「科学の侍女」(ancilla scientiae)になっている

4)唯物論者は自由意志を否定しがちであるが、何らかの判断をする場合、その原因が基準であるとすれば、真なるものを基準とした判断はどうなるのだろうか――真理は原因ではないのである

5)唯物論者にとっての道徳は、社会学的、歴史的説明に属する事実であり、道徳の基礎がしっかりしていないと、各人の道徳が持ち出されることになる――コンシュにとっての道徳は人権の道徳ただ一つで、これは何人も従わなければならない――これが崩れると、独自の道徳を持ち出すナチや人種差別主義者が出現する

6)物質という概念は現実/実在の全体を支えるにはあまりにも貧しいが、自然という概念はそれができる――すべてを生み出す無限の自然は存在するすべての第一原因であり、それは取りも直さず生命である

このような点を指摘して唯物論に疑問を投げかけている


これらの点を中心に、唯物論をどのように捉えるのかという問題が他の見方との比較を通して議論されていた

詳細は、専用サイトで紹介したい

訪問していただければ幸いである

なお、春のシリーズ第2弾は、金曜日のサイファイカフェSHEで、クリルスキー博士の『免疫の科学論』を読む予定である

興味をお持ちの方の参加をお待ちしております








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