ラベル 3段階の法則 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 3段階の法則 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年12月25日木曜日

ミシェル・アンバシェ『自然の哲学』を読む(18)
































今日は、2-3-2「自然哲学と諸科学の実証哲学」を読む

オーギュスト・コント(1798-1857)の自然哲学は、自然学や自然研究を構成する5~6の基礎科学の総体によって形作られる

科学の哲学は、これらの学問の整理や分類の原理以外の何ものでもない

科学の特徴として、極端な専門化の結果生まれる「細部の精神」があるのに対し、哲学的思考に特有な徴は「全体の精神」である

したがって、科学の哲学は最初、自然的・具体的な諸科学を除外する

コントがやったことは、哲学から技術者が取り扱う応用科学や技術を切り離すだけではなく、具体的・記述的とされる自然科学をも遠ざけたのである

彼はこう言っている
あらゆる種類の現象に関して二種類の自然科学を区別しなければならない。一つは抽象的・一般的なもので、考えうるすべての場合を考慮して、様々な段階の現象を支配している法則の発見を目的とする。 もう一つは個別的・具体的・記述的で、ときには厳密な意味における自然科学の名をもって呼ばれるものであるが、その法則をいろいろな存在者の事実上の歴史に適用する。

つまりコントによれば、科学の哲学が注目するのは第一のカテゴリーの法則だけであり、自然科学はその法則をもとに個別の事象の解明に当たるということだろうか


コントの科学の哲学は、自然を機械に還元するデカルト(1596-1650)の理想に与するものではない

 科学の哲学は、自然の多様性については遥かに意識的で、それぞれの基礎的学問に自然の一領域を帰属させている

そのため、科学の哲学が最上位にあり、他の領域による侵入を恐れる必要がなくなる

ところで、コントは単純なものから複雑なものへと絶えず取り組んでゆかねばならないという考えに反発している

生理学や社会学のような科学においては、全体から諸部分へ向かう方が適していると考えているようなのである

数学者がいたるところで分析と抽象を繰り返す百科全書的体系の主権を取り上げ、それを社会学者に委ねようとする

コントが見るところ、社会学は、知の構築物のあらゆる次元において自然の観念の「実証主義的」等価物である真の組織的同意を優位に立たせるのに最も適しているという

これは何を言っているのだろうか

実証主義的段階における自然に関する知は、神学的、形而上学的で抽象的な観念が力を及ぼすものではなく、全体において部分が調和しながら(普遍的同意=consensus universel を得ながら)動いているものとして捉える必要があり、社会学はそれに適しているという考えになるのだろうか

もしそうであれば、デカルトの機械論(還元論)に対して、実証主義をもとにした全体論を唱えるコントが見えてくるのだが、、








2025年12月24日水曜日

ミシェル・アンバシェ『自然の哲学』を読む(17)































本日から、第2章、第3節「自然哲学と実証哲学」に入ることにしたい

この2つの哲学をつなぐ関係は、オーギュスト・コント(1798-1857)が示している

彼が主張する「実証哲学」と、ニュートン(1642-1727)以来「自然哲学」と呼ばれているものとの間には多くの類似点がある

しかしアンバシェによれば、自然哲学が自然現象という唯一のカテゴリー向かうのに対して、実証哲学は現象の全体に通暁し、天体の自然学である天文学、地上の自然学である生理学あるいは有機体の自然学、さらに社会の自然学である社会学などを包摂するという違いがある

実証精神はその出現以来、その枠を慎重にはみ出していったと見ている

実証主義はコントが歴史を省察したところに起源がある

彼はどのように自然を考察することを学んだのであろうか


まず、2-3-1「自然の秩序と技術の進歩」を読むことにする

コントが発見したとする「偉大な基本法則」として、3段階の法則がある

すなわち、我々の認識は、神学的あるいは虚構的状態、形而上学的あるいは抽象的状態、実証的あるいは科学的状態を次々に経過するというものである

神学的状態においては、人間精神は自然の諸現象を超自然的作動因の直接的産物として見る

この状態の一般的変形としての形而上学的段階においては、超自然的作動因に代わり、抽象的な力が自然現象を説明することになる

そして、実証的段階においては、「宇宙の起源や運命を探究することも、諸現象の内的原因を認識することもやめて、推理と観察をうまく組み合わせて活用しながら、もっぱら現象間の有効な諸法則を発見することに努める」

最後の段階と、その前の2段階との差を次のようにまとめる

神学者や形而上学者は、人間と世界の起源と運命について、解決不能な思弁へとしゃにむに突き進む

神学的思考は出来事の流れを神の意思、もしくは摂理の意図に依存させることにより、決定論からも実証的予見からも引き離す

これに対して実証主義者は、「賢明な慎み」を示し、実際的な問題にしか関心を抱かない