2026年4月30日木曜日

「果てしない時間」から見る連休
























世の中では連休という言葉が行き来しているようだ

その気になれば、2週間以上の休みが取れるとのこと

毎日が連休の中にあるようになって久しい身にとっては、それはほとんど無に等しい時間と言えるだろう

コンシュが言う「縮小された時間」(日常を生きる人の時間)と「果てしない時間」(永遠の自然を生きる人の時間)の対比からもそう言える

コンシュによれば、人間は「縮小された時間」の中でしか生きられないという

「果てしない時間」の中では、自分が存在しないように感じられるからだ



しかし、「果てしない時間」の視点を持つことは、いろいろな意味で大切ではないだろうか

その時間を意識することにより、自らの存在を離れて見ることができる

それは哲学することの第一歩である

さらに、「果てしない時間」は「縮小された時間」を生きる人間の苦しみを和らげる効果があるとコンシュは言う

自分が存在しないように感じられるのだから、苦しみがなくなるのもよく理解できる

いずれにせよ、いろいろな視点が生きる上での知恵を与えてくれる

そのような視点は、過去の哲学者の思索の中に埋もれている








2026年4月24日金曜日

マルセル・コンシュ『形而上学』の初校見直し終える















このところ、マルセル・コンシュの『形而上学』の初校の見直しに当たっていた

想像以上に時間がかかったが、本日すべてを終えて知泉書館の編集者に送ったところである

何度も読み返していると、その都度理解が深まっていることが分かる

アドーが言う読み方をしていると、確かに著者の声が立ち上がってくる

それ以前にはなかった認識に至るのを体感するのは、やはり楽しくもあり、満ち足りたものをもたらしてくれる

いつものことだが、それでも行き届かないところがある

しばらく時間をおいて、再び見直すことになるだろう

取り敢えず、今抱えているいくつかの焦点をオーガナイズしながら、新しいテーマを探索する方向に進むことができそうである

束の間の解放感を感じている








2026年4月14日火曜日

海辺のカフェでひと休み





















昨日で春のカフェのまとめを終えたので、コンシュの翻訳の初校を見直す作業に戻ることができるようになった

まだ半分くらい残っているが、午後一段落したところで久しぶりに外に出た

先日、宣伝が目に入った海辺のカフェを覗いてみることにした

写真では再現出来ていないが、わたしの頭の中では、ポール・ヴァレリー(1871–1945)生誕の地、南仏セットの海辺のカフェにいて、ニースの海を眺めているような錯覚に陥った

セットからニースに飛んだのは、海の色がそっくりだったからだろうか

これからも忘れたころに行ってみたいものである




























2026年4月11日土曜日

第16回サイファイカフェSHE札幌、盛会のうちに終わる

























本日、春のサイファイカフェ/フォーラム最後になる第16回サイファイカフェSHE札幌が開催された

実は今回は、札幌の地でサイファカフェSHEが開かれてから丁度10年目に当たる記念すべき会であった

初回は2016年3月2日の開催だったので、アッという間の出来事であった

参加希望者がいなければ継続されていなかったことを思えば、この間に参加された皆様には感謝しかない

今日も8名の方が参加され、活発な議論が展開した

今回のテーマは、拙著『免疫から哲学としての科学へ』の最後の部分、免疫の形而上学を読むことであった

これまでの3回で科学が明らかにしたことを振り返ったが、今回はそれを基に著者が哲学の蓄積を基に再解釈した内容について検討するという趣旨であった

詳細は、近いうちに専用サイトにまとめる予定なので、訪問していただければ幸いである

それから、次回からの新企画として、参加者の中で話題提供を希望される方に発表していただくことにした

東京のサイファイフォーラムFPSSの札幌バージョンということもできるだろう

11年目に入るこの秋から、この新機軸がどのように展開していくのかを見守ることになる

SHE札幌の今後に、皆様のご理解とご協力をよろしくお願いしたい



































2026年4月6日月曜日

どちらも最終盤





















今週末に春のカフェ/フォーラムシリーズ最後になる第16回サイファイカフェSHE札幌が開催される

この1週間、何か新しい視点が得られないか考えることになる

それと並行しなければならないのがマルセル・コンシュによる『形而上学』の翻訳である

こちらもこの1~2週間が最終盤ということになりそうだ

どのようなことになるのかまだ見えていないが、納得のいくところまでやりたいものである



今日の瞑想を眠っていた別ブログにアップした

ご参考までに

  Mind Files for Philosophical Musings: わが生の形而上学化