今日は旧研究所のメンバーとの会食に出かけた
初めて顔を合わせてから長い人でもう30年以上も経過しているという
その間に皆さんいろいろなことがあったようである
もう還暦だという方が2名おられた
当時のお姿からは想像できない
残念ながら、物理的な時の流れは止められない
しかし、拙著『生き方としての哲学:より深い幸福へ――アドー、コンシュ、バディウと考える』でも指摘したように、時間の捉え方が変わると時は流れなくなるのである
それはそのまま幸福へとつながるのではないかというアイディアがわたしの幸福論の一部を構成している
まだ現役で大学などで仕事をしている方の話を聞きながら、大学はもはや「真理の探究の場」ではないのではないかという考えが浮かんでいた
現場では「真理の探究」などと言う言葉も浮いて響いている可能性さえあるのではないか
それより前に厳しい現実をいかに乗り切るのかという課題に頭が使われているようである
そうだとすれば、束縛のない自由な環境で仕事ができる在野の研究者の方が「真理の探究」には向いているのではないか
そんな気もしてくる
いずれにせよ、皆さんお元気で活躍されているようで何よりである
またの機会を楽しみに待つことにしたい
ところで、今日はうっかりして1時間早く着いてしまったので、何年か振りに思い出横丁で下地を作ってから会場に向かうというおまけ付きであった
それもまたよし
間違いは創造の母であった


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