2026年2月8日日曜日

Mind in Life を読む(5)


































本日は、第1章「認知科学と人間の経験」の最終節「エナクティブ・アプローチ」を読むことにしたい

フランシスコ・ヴァレラ(1946-2001)は、スペインの詩人アントニオ・マチャード(1875-1939)の次の有名な詩を引用して「エナクティブ・アプローチ」の本質を指摘している
Caminante, no hay camino,
se hace camino al andar. 
旅人よ、道などない
歩くことで道は作られるのだ

Wanderer, the road is your footsteps, nothing else;

you lay down a path in walking.


世界は最初から意味づけられているのではなく、行為によって意味のある世界が生じる

それが認知の本質だという主張である

「エナクティブ・アプローチ」という言葉は、ヴァレラ、トンプソン、ロッシュの1991年の著作 The Embodied Mind(『身体化された心』)の中で紹介されたものである

この言葉は、いくつかの考えを統合する狙いがある

第1は、生物には自律性があり、自らの認知領域を積極的に生成する

第2は、神経系はダイナミックな自律的システムで、計算理論のように情報を処理するのではなく、意味を生成する

第3は、認知とは、状況の中に置かれ、身体化された行動において発揮され、知覚と行動が繰り返す感覚運動パターンから立ち現れてくる。それは、内因的でダイナミックな神経活動パターンの形成を「修飾」させはするが、「決定」するものではない。

第4は、認知的存在の世界は、その脳によって内部的に表象される、事前に指定された外部の領域ではなく、その存在の自律的な行為と環境とのカプリングによってもたらされる関係性の領域である

 第5は、経験は心の理解にとって中心的なもので、現象学的に注意深く研究する必要がある

本書のモチベーションは、エナクティブ・アプローチが自我や主体性を説明することにより、説明のギャップを埋めることができるのかというところにある

そのためには、生物学、神経科学、心理学、哲学、現象学などの知を統合しなければならないだろう

これからの議論を貫く糸は、フッサール(1859-1938)によって始まり、メルロー=ポンティ(1908-1961)によって展開された現象学の伝統である

科学が「生きられた経験」(lived experience)や主体性などを解析しようとすると、現象学が欠かせない

この共同作業は、現象学の自然化にとっても重要になる

エナクティブ・アプローチと現象学が扱う心は、世界を造る(捏造する)のではなく、注意を向ける、明らかにするものである

心の志向性により世界が明かされるのである

主体性と意識、自律性と志向性、これらは心と生命をつなぐものでもある












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