生物意味論(biosemiotics)については、3月に刊行した『免疫から哲学としての科学へ』でも取り上げた
この本では biosemiotics を生物意味論としたが、生物記号論、生命意味論、生命記号論などの訳語が使われているようだ
そこで取り上げたことは、生物意味論から免疫へのアプローチが試みられたことであった
40年ほど前に行われた免疫意味論(immunosemiotics)という領域の提案である
しかし、それ以降の展開を見ると、この試みは失敗に終わったように見える
当初から、例えば、ウンベルト・エーコのような学者は、意味論が免疫学から恩恵を得ることはあるかもしれないが、免疫学が意味論から多くを得ることはないのではないかとの感触を表明していた
その感触が正鵠を射ていたことが分かる
今朝、このあたりの問題を少し踏み込んで考えてみてはどうかというアイディアが浮かんできた
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