2023年10月13日金曜日

井筒俊彦のプラトン(11)「死の道」(2)

































絶対的真理あるいは真実在の認識は、死後でなければあり得ないとされた

だとすれば、その認識は現世でも可能であるとする神秘主義は、一体どのような根拠に基づいているのであろうか

ここで問題となる「死の修練」とは、現世にある間はできる限り肉体の感性から来るものに霊魂が汚染されぬよう、苦行することであった

それ自体が目的なのではなく、死後の霊魂の浄福が目的なのである

来世のために魂の浄化に努めることであった

これはプラトンの創見ではなく、オルフェウス教ピタゴラス教団などの密儀宗教団が行っていたものである

プラトンは密儀宗教の実践面を借用し、究極実在の直接認識を目的とした哲学的「死の道」として転成した

密儀宗教と同様、死後の霊魂の浄福を目的とする生物学的死への準備であるが、現世における死後のための準備(死の道)であるという特徴を持っていた

プラトンの関心は「死の前の死」にあったのである

神秘主義は「人が神に成り、神であること」の道だと言われるが、そこには「人間の身に許された限度で」という制限が付く

神秘主義は所詮、相対的存在である人間の相対的な営みに過ぎず、絶対者に肉迫できるかもしれないが、最後の一歩を超えることはできない









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