前回、プラトンのイデアリズムを見てきたが、それは思想的立場ではなく厳粛な体験であることが分かった
そのためには全人的方向転換を要するのである
つまり、人間霊魂を可視的な感性界から不可視的な叡智界に向かって強制的に転換させ、生成流動の相対界から徐々に引き離し、遂に絶対的普遍者(善のイデア)の光まばゆき秘境にまで先導すること
それを唯一至高の目標とする人間形成の向上道であり、神秘道である
これが全人的転換の方法であった
その秘境に至った神秘家だけが、絶対的真理を生き生きと躍動する具体性のままに目撃し、真正な哲学者の資格を持つのである
超越的世界の強烈な光を避けようとする人間の心を、その光に向けようとするプラトン的教育(パイデイア)の情熱的性格がそこにあるという
『パイドン』で説かれた「死(タナトス)の途」、『饗宴』の主題である「愛(エロス)の途」、『国家』における「弁証法(ディアレクティケー)の途」の三者は、同一の究極目的に向かって霊魂の転換を促す霊性開顕の神秘道なのである
プラトン以前にも神秘主義的体験は存在していたが、このような方法論的に自覚されたものはなかった
ソクラテス以前の哲人たちは、それぞれが究極の真理を捕捉したとして他を冷笑する智的傲慢、独善主義に陥ったと井筒は見ている
自分ひとりの魂が救われても、他のすべての人の魂が救われなければ神秘家の仕事は終わらない
プラトンは後進のために超越への道を示すという、神秘道の組織化を行った最初で最大の人間だったと言えるだろう
さらに、感性界から超越界へ昇り行く向上道で終わるのではなく、超越道を昇り終えた後は反転して現象界へ下り、万人のために奉仕することでプラトンの神秘道は完結する
つまり、「善のイデア」への途は神秘主義の前半にしか過ぎず、後半には現象界に超越的生命の灯を点火し、そこにイデアを齎す仕事が残っている
忘我法悦境における一者観想こそが神秘主義の本質であるとされるが、観想の重要性は認めた上で、そこから離れ実践に向かわなければならないのである
このような特徴を持つ神秘家としての側面がプラトンにはあると井筒は考えている
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