2023年9月12日火曜日

懐かしい本との再会、そして60年振りにヘッセの声を聴く

































先日のブログに懐かしい本の名前を書き出しておいた

その後、古い書庫を覗いてみたところ、倉田百三愛と認識の出発』と河合栄治郎編『学生叢書』の何冊かを発見した

倉田のものは、平凡社版「世界教養全集3」に収められていた

記憶に残っているままの赤い背表紙が箱から見えるもので、定価350円

1963(昭和38)年に購入したことになっている

この巻に収められているのは、鈴木大拙『無心ということ』、芥川竜之介『侏儒の言葉』、三木清『人生論ノート』、亀井勝一郎『愛の無常について』である

いずれも懐かしい響きがある



その近くに、これまた懐かしいヘルマン・ヘッセの著作集数冊が見つかった

こちらの表紙の色や作りも記憶のままで、その中の1冊を今日の写真とした

この本には「ツァラツストラの再来——一言、ドイツの若き人々へ――」「自伝素描」「カラマゾフ兄弟、ヨーロッパの没落」「ドストエフスキーの『白痴』随想」の4編が収められている

こちらも1963年に購入、定価200円

翻訳も高橋健二で懐かしい

60年振りに最初のエッセイを読んでみたが、当時読んだのか読んでいないのかは分からなかった

ここでヘッセは、次のようなことを言っている

運命について
自らの運命を認識し、自らの生活を生きることを学べ!

運命を外から受け入れるような人は、運命に殺される

運命は各人の中で成長する

運命が自己の最も固有なところから来る人は、運命によって強められ、神にされる 

運命を認識した者は決して運命を変えることを欲しない

運命を変えようと欲するのは権力者である

君たちが苦痛を感ずる時、なぜ祖国だとか、国民だとか、それに類した大きな神聖なことを口にするのか

大きな言葉を使いつけていると、互いに理解することも、自分自身を理解することも難しくなるのだ 

 

孤独について

孤独は、運命が人間を彼自身に導かんと欲する道である

孤独は人間が最も恐れる道である

大多数の人々は、ついぞ孤独を味わったことがない

彼らは決して自分自身と語らない

日々の生活と国民とから授けられる「任務」に自己を捧げるのは、ずっと容易で心安らかでもある 

だが、自己の孤独を、自己の二つとない自己に定められた孤独を見出した者は幸いだ

その人のところには運命がやって来、その人から行為が生まれるからだ 

 

世界改良: 

世界を改良しようというような奇妙な要求は断念すべきであろう

世界は改良されるために存在しているのではない

君たちもまた改良されるために存在しているのではない

君たちは自分自身であるために存在しているのだ

君自身であれ!

まさに今、世界改良の歌が再び激しく歌われ、わめかれる

それはどんなに粗野に、不幸に、愚かに、無思慮に響くことだろう! 

そういう時は、金や財布、虚栄や自負が中心になっているのだ


君たちと君たちの国民: 

君たちの国民とすべての国民が必要とするものは、自分自身であることを学んだ人々、自分の運命を認識した人々である

君たちドイツ人は他のどの国民よりも服従することに慣れている

実行や男らしさは、書物や大衆演説の中からは生じないことを忘れるな!

それは悩みと孤独を経て行く山の上で生じる

そんなに急ぐことはない!


別れ

君たちのめいめいの中には、自然の呼び声と意志と構想がある

未来と、新たなものと、より高いものとを目指しての構想がある

それを熟さしめよ

その名が何であろうと、演説家や教師から言われることに耳を貸すな

君たちのめいめいが耳を貸す必要のあるのは、唯一つ、自分の唯一の独自の鳥だけである

その鳥に耳をかせ!

君たち自身の中から来る声に耳をかせ! 

 

 

 

 

 

 

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