2023年12月19日火曜日

幸福な生活とは

































昨夜はオスロ大学の哲学教授エミルソンさんの幸福についての論考を読んだ

幸福を定義することは難しいので、ここではごく一般的に語られている幸福の意味合いで使われているようだ


最初に、ストア派プロティノス(c. 205-270)が主張するように、幸福な生活は「今」にあるという説が紹介される

エピクロス派も同様の考えを持っていた

これに対して、アリストテレス(384-322 BC)のように、人生の全体を見渡して通時的に幸福を考えるという立場がある

その場合、計画や願望の成功/失敗という要素も幸福の評価に入ってくる

幸福は累積するという考えを採るので、長く幸福であれば、それだけ現在も幸福に感じるという構造になっている

過去における達成があれば、今も幸福であるということになるが、そうでない場合もあり得るだろう

今こそが幸福の所在地だとするプロティノスは、人生全体としての幸福という見方に異議を唱える

過去の幸福を今、味わうことができないからだ


この点については、わたしもフランスに渡って暫くしてから同様の考えに至っている

つまり、昔どれだけいい思い(幸福)を経験したとしても、その感覚を今再現できないことに気付いたからだ

それでは幸福になるにはどうすればよいのか

それは、過去の幸福は考慮に入れず、今を幸福な状態にすることである

この場合、過去を一切無視するということを言っているのではない

過去には膨大な情報が詰まっており、その中には現在を幸福に導くためのヒントが眠っているからである

その上で、この問題を考える際に最も重要になるのは、最初に注意を促した「何を幸福と言うのか」という問いに対する自分なりの回答を持つことだろう











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