2023年4月8日土曜日

井筒俊彦によるプラトンの神秘主義と「科学の形而上学化」
























今日は打って変わって晴れ上がってくれた

プラトン(427 BC-347 BC)の『饗宴』をざっと読み終え、井筒俊彦(1914-1993)による『神秘哲学』所収のプラトンをパラパラとやっている時、驚きの発見をした

この作品は1949年に刊行されたもののようで、わたしには固く感じられた

ただ、そこで言われていることは、非常によく入ってきた


まず、常識的人間の認識は、直接目で見て触れられる感性的事物の世界のみを唯一の現実とする

超越的イデアの世界は灰色の抽象的世界で、頭の中にある生気ないものとしか考えられない

対象の抽象性、普遍性が増すほど主体からは遠ざかるように見えるが、それは主体の目が曇っているからである

それに対して存在的見地からすれば、対象は益々具体的になるという

それこそ、ソクラテス以前の哲学者が「一者」「存在」あるいは「神」と呼び、プラトンが「善のイデア」と呼ぶ全的な存在である

プラトン神秘主義の根本的なミッションは、感性的世界に留まる日常的人間を、普遍的なものが見える状態を変えることである

あるいは、人間霊魂を可視的なる世界から不可視的な叡智界に転換させることだという

その結果、そこにある全体的真理を具体的に見徹する人にならなければならない


この道は、転変無常の感性界から永劫不変の超越界へ昇る向上道(アナバシス)である

しかしここで終わっては駄目で、そこから反転して再び現象界に戻り万人のために奉仕する向下道(カタバシス)を下らなければならない

相対的世界をイデア化するために尽くす義務がある

神秘主義が成功するか否かは、この後半の成果によるのである

テオリアの後にプラクシスが求められるのである


その際に重要になることを、有名な「洞窟の比喩」を出して説明する

洞窟に繋がれ、影の世界を見ている人は、それが唯一の現実だと信じている

その囚人を解き放ち、外の世界に向かわせると最初は戸惑うが、やがて影で見ていた感性的世界の真の姿を理解するようになる

これがアナバシスの過程である

この過程で重要なのは、鎖を解かれた後、体全体の向きをぐるっと変えなければならないことである

全人的方向転換、人間精神の全的向き替え、すなわち「回心」がなければならないのである

プラトンによれば、人間には超越的存在を見ることができる「霊魂の眼」が具わっており、それを本来の対象に向けることが欠かせないという

この「神秘主義的回心」がイデア体験の必須条件であることを意味している

アナバシスで究極の「善のイデア」に到達し、限りなく神に近いところに至ることはできるが、それ以上は昇れない

高みで一人「一者」の観照に耽るのではなく、そこから世人のために尽くすことによってのみ神秘主義の究極の目的が達成されるのである

しかし、西洋神秘主義はプラトンに背き、往きて還らぬ道になったというのが井筒の見立てである



プラトンのミスティークの道を読んだ時、わたしが唱える「科学の形而上学化」のことが浮かんできた

最初に、抽象的で普遍的な世界への「回心」があった

それから、科学が明らかにした現象界の状況を掴んだ後、抽象的な概念の世界に入るというやり方を採った

これはプラトンの「アナバシス」に当たるだろう

そして、そこで何かを掴んだ後には普及の過程が待っていると考えた

免疫学者のパリ心景』や『免疫から哲学としての科学へ』の刊行も、カフェ/フォーラムの試みも、不十分ではあるが「カタバシス」の営みに入れることができそうである

こうして見ると、わたしの歩みは井筒の言う「プラトン的ミスティーク」への道と繋がっているような気がしてきた

今日の発見である










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