2024年5月31日金曜日
ブランクーシ展に遊ぶ
2024年5月30日木曜日
ペール・ラシェーズ墓地散策、その余韻を楽しむ
ペール・ラシェーズ、あるいは生は死 Père Lachaise, ou la vie c'est la mort(2008.6.9)
2024年5月29日水曜日
ピエール・コルヴォルさんによるクロード・ベルナールを聴く
2024年5月28日火曜日
トニー・ハンターさんの膵癌に関する講義を聴く
2024年5月27日月曜日
ペーター・スローターダイクさんのお話を聴く
Dire vrai sur soi-même : Le livre des aveux(自分自身の真実を語る:告白の書)
ディオゲネス、あるいは「率直に語る」ということ(医学のあゆみ 259: 1168-1171, 2016)
2024年5月26日日曜日
今日からパリ
今日から1年振りのパリである
非常にタイミングよくパリ訪問の予定が立てられていたことになる
天の配剤とでも言うべきなのだろうか
そのことに関連するのだが、今日の機内で重要なことを思い出した
拙著 Immunity の校正中に向き合っていた問題点があったのだが、それをどう解決したのか思い出せないことに気付いたのである
こういうことはないので調べてみると、手が付けられないままになっていた
その時の記録を読むと、最初の問題点に解決を与える文章が他のところにも使えそうだということでいろいろ調べていて、そちらに注意が集中してその問題は解決したのである
しかしその過程で、オリジナルの問題を忘れてしまったようなのだ
このようなことは気付かないうちに起こっているのではないかという疑念が湧いてくる
是非手を加えたいので、まだ校正が間に合うかどうか問い合わせたところである
もし今回旅行に出ていなければ、そのことに気付かずに終わっていた可能性が高い
その意味でも、何かの巡り合わせを感じている
ところで、今回のパリは昨年と何かが大きく違う
昨年は、免疫論の英訳が中心で、その合間に出版社とのやり取りもあり、着いて早々ニューヨークに行かなければならない用事ができた
ということで、仕事のようなものに絡まれ、慌ただしかったという印象が強い
しかし今回は、そのようなものはなく、自由に考えを羽ばたかせる時間として使えそうである
住まいも昨年はパリの南だったが、今年は東に変わっている
昨年同様、アパルトマンの周囲は音が全くしない静けさの中にある
早速、軽い夕食を、と思って外に出た
お店の人がデジュネには何がよろしいですか、などと訊いてきた
この人なぜフランス語を間違っているのかと相手のせいにしていたが、まだお昼時だったのである
気付いたのは店を出て時計を見た時
これから増えてきそうな嫌な瞬間であった
このような調子だが、今回の滞在が何を齎してくれるのかには興味がある
注意深く観察したい
2024年5月25日土曜日
外国からの出版、あるいはリアルな交換の場としてのカフェ/フォーラム
2024年5月24日金曜日
第11回サイファイフォーラムFPSSのご案内
2024年5月22日水曜日
久し振りのパリメモ、そしてこれから
2024年5月17日金曜日
最初のブログ「フランスに揺られながら」を読んで
2024年5月15日水曜日
Immunity: From Science to Philosophy の校正をやっと終える
2024年5月9日木曜日
Immunity: From Science to Philosophy をもう一度読み直すことに
本日は快晴で気持ちがよい
以前から感じてきたことだが、毎日がどっしりとそこに在るという感じで、ほとんど動かない
時が止まったような感覚の中にあるので、日々をたっぷり味わわせていただいている
これは長らく「いま・ここ」に集中してきた成果なのだろうか
そんな中、拙著 Immunity の校正は続いている
新しく現れたいくつかの問題と向き合い、修正策を考えてきた
1つの問題に対する朝は、まだその方法は頭にない
それがいつ終わるのかも分からず、時に日を跨ぐこともある
ああでもないこうでもないとやっているうちに出口が見えてくる
昨日、一先ずのところは終えることができた
このような職人的(artisanal)な作業にささやかな悦びを感じるようになって久しい
それでもなお手を加えるべきところが残っているというのが、これまでの経験であり、すべてを見透せない人間のやることなのだろう
今回が最後の校正になるので、期限ぎりぎりまで時間を使うことにした
2024年5月6日月曜日
ゲラ校正の最終盤、重要なことに気づく
拙著 Immunity の校正も最終段階に入って来た
やはり後半に入ると教科書的とは言えなくなる
そこが本書の特徴とも言えるだろう
その中に追加説明が必要な個所が見つかったのは幸いであった
自分の中で思い込みが強いと、すでに説明しているものと錯覚することがある
それが原稿の段階では気づけないのだが、ゲラになることによって見えるようになる
原稿の場合はまだ自分が書いたものというところがあるが、ゲラになると他人が書いたものとして見ることができるようになるだけでなく、視界が広がり見通しが良くなるからではないかと想像している
これまでに何度も経験していることを今回も経験することになった
残り僅かとなったが、最後まで注意深く読み進めたいものである
2024年5月5日日曜日
Immunity: From Science to Philosophy は更なる形而上学化の対象か
2024年5月4日土曜日
ポール・オースターさん 亡くなる
アメリカの作家ポール・オースター(1947年2月3日 - 2024年4月30日)さんがつい最近亡くなったことを知る
その昔、読んでいたことがある
検索したところ、最初のブログで3つほど引っ掛かって来た
Flaneur(2005.3.13)
Paul Auster 再び(2005.4.15)
わがタイプライターの物語(2006.3.28)
もう20年ほど前の記事になる
この2年後にフランスに向かっているのだから、数字だけ見るとかなり前になる
しかし、だからといって時が経つのは早いという感覚はない
むしろ、じっくり味わいながら歩んできたという印象の方が強いからだろう
上の記事の中に、英語で感動したところを日本語で読んでもそれが伝わってこなかったという一節がある
同じことはフランス語でも経験している
この経験がもたらしたものは想像できないくらいのレベルに達しているのではないか
そんな気がしている
2024年5月3日金曜日
ゲラ校正、新しい本の制作過程か
ゲラ校正の日々である
昨日も一か所立ち止まるところがあった
読んでいるうちに、日本語の本とは全く別物のような気がしてきた
これは翻訳本について一般的に言えることかもしれない
これまでフランス語の本を2冊訳しているが、それを見て、原本とは全く違うというのが偽らざる感想であった
今回のものを全体として眺めると、科学の純専門書という印象を受ける
本のサイズが変わるかもしれないので、もしそうなるとすれば、それだけでも大きな違いになる
視界が広がり、より高いところから眺めているような感じになりそうだ
まだ前半部分だが、今回改めてそこに詰まっている事実の多さに驚いた
すべてこれまでの科学者の努力の跡なのだが、著者がそれを拾い上げていることになる
とにかく膨大な領域なので、拾い上げる人によって内容が変わってくる筈である
専門家でない読者は、それぞれの事実に付いていくのが大変そうである
ただ、事実の繋がりには注意を払っているので、話の流れはスムーズになっていることを願っている
これは最初に感じたことだが、ページ数が少ないのは校正作業にも精神的に良い影響を与えているようだ
残りもゆっくり読むという方針で当たりたい