2024年5月31日金曜日

ブランクーシ展に遊ぶ


























今日でパリ6日目だが、昨日までほぼ毎日降られているのではないだろうか

今日もどうなるか分からない

昨日は、探している1930年代の本があるはずの病院付属図書館に出かけた

残念ながら現在リノベーション中で閉館だったが、秋には開くとのこと

仕方なく、メトロでポスターを見かけたブランクーシ展覧会を観るためにポンピドゥー・センターに向かった

結構人は入っていたが、問題なくいろいろな形と質感を味わうことができた

個人的には、金属の作品よりは、木や石の彫刻に惹かれるものがあった

1時間くらいではなかったかと思うのだが、永遠に感じられた

外に出て、レ・アールの方に足を進めると、記憶の片隅を刺激する文字が現れた

どこかで見たことがあるなぁという感じである
すっかり忘れていたが、テーズを提出する前に指導教授と何度かディスカッションしたカフェであった

いつものように振り返ると、もう9年前のことになる

中に入ってみたが、懐かしさは全く感じなかった

おそらく、いまでもここに住んでいるという感覚が残っているからかもしれない

ブランクーシ展からのイメージをいくつか































































































2024年5月30日木曜日

ペール・ラシェーズ墓地散策、その余韻を楽しむ


































昨日はそぼ降る雨の中、ペール・ラシェーズ墓地に向かった

前回来たのはいつなのか検索したところ、もう16年も前のことになる

しかし、わたしの中ではそんなに昔のことではない
ペール・ラシェーズ、あるいは生は死 Père Lachaise, ou la vie c'est la mort(2008.6.9)
今となっては半分別人が書いたもののようにも見えるので付け加えると、なかなか味がある記事だ

昨日は特に調べもせずに歩き始めたが、前回見つけたバルザックネルヴァルの墓は見つからず、その代わりショパンの墓に巡り合った

これだけお花が添えられている墓は見かけなかった

ウィキによれば、オーギュスト・コントの墓もあるようなので改めて訪問してみたい



歩き終わった後、近くのカフェに落ち着き、ここ数年のメモを読み直してみた

日本にいると、なかなかそのような気分にはならない

しかしこの日は、静かに自らの歩みを確認するかのように読み進んでいくと、染み入るように中に入って来た

雨の効果だろうか

まだ解決されていないことの方が多いが、これからに向けて整理ができたようである

どうしてこちらではこのように自然に内面に入り、自由に歩き回ることができるのだろうか

未だにうまく説明できないが、わたしにとっては紛れもない事実である

満ち足りた時間であった









2024年5月29日水曜日

ピエール・コルヴォルさんによるクロード・ベルナールを聴く


























昨日は午後からリブレリーを回り、いくつか手に入れた

カフェで読んだ後、コレージュ・ド・フランスに向かった

コレージュ・ド・フランスの実験医学講座名誉教授のピエール・コルヴォルさんがクロード・ベルナールについて語るのを聴くためである

コルヴォルさんは御年82、最近では全く珍しくなくなった景色である

ベルナールについては、拙著『免疫から哲学としての科学へ』でもかなりのスペースを割いたので、新しい話題や視点が提示されるのか期待していた

しかし、お話は正統的なベルナールの紹介であった

質疑応答で、ベルナールとパスツールの比較が問題になった

フランスではパスツールの人気が上のようなのだが、その理由はどの辺にあるのかということもあったようだ

その理由は、講演の中にも出てきた生体実験が現代では問題になること、さらにパスツールが開発した低温殺菌法や予防接種など、明快な対策を提示したことがあるのではないかとのことであった

昨日も問題にした科学に期待される成果から考えると、パスツールの方が上というのが一般的な評価になるのだろうか


こちらでは、このように昔の科学者を取り上げ、シンポジウムをやったりして振り返ることが少なくない

過去を大切にしているように見える

免疫学者のパリ心景』でも引用したジャン・ドルムソンさんの「後ろを向いている国」という言葉が思い出される

今回のベルナールを振り返る講義はすでに何回か行われ、来週もあるとのこと

また足を運んでみたいものである


ところで、パリに来て2日しか経っていないが、かなり歩かされている

日本では座ってばかりいるので、足ががくがくしてくる

昔よく来たカルティエを歩いている時、あれだけ長い間こちらで生活できたのが奇跡に見えてきた

最初に来たのが2007年になるので、もう17年も前のことなのである

基本的に体がしっかりしていたことが大きな要因だったことに改めて気がついた

最近、数字に直して驚くことが増えているが、これもその一つだろうか








2024年5月28日火曜日

トニー・ハンターさんの膵癌に関する講義を聴く


























昨日はスローターダイクさんの後に、生物学者のトニー・ハンターさんの講義があり、聴いてから帰ることにした

わたしの科学者時代、関連領域にいた大きな存在であった

今回は4回の連続講義の最後であった

80歳になろうかという年齢だが、まだ現役で頑張っておられる

科学者でいたとすれば素晴らしいことだと思うのだろうが、今は全く違う見方になっている

この日のお話は、予後が悪いことで有名な膵臓癌の成立機構を明らかにして治療に役立てようというプロジェクトについてであった

そこに関与する因子として白血病阻止因子(Leukemia inhibitory factor: LIF)を同定し、治療にも進んでおり、有望な成績が出ているようであった

方法で新しい技術を使っていることはあるが、考え方に新しいものはない

何かが引っ掛かって来れば、その後にやることは大体決まってくる

その結果、人類の役に立つ成果が上がれば万々歳というのが科学という見方が優勢になっているように見える

わたしの免疫論では、この点についても触れている

参照していただければ幸いである












2024年5月27日月曜日

ペーター・スローターダイクさんのお話を聴く

























今朝、出版社から索引の最終校正用の原稿が届いたので、コピー屋さんに行ってからカフェで見直した

また、昨日送った修正は間に合うとのことであった

午後からはペーター・スローターダイクさんの講義を聴くためにコレージュ・ド・フランスに向かった

拙著『免疫から哲学としての科学へ』と Immunity でスローターダイクさんの仕事を引用していることもあるが、今日の演題が面白そうだったからだ
Dire vrai sur soi-même : Le livre des aveux(自分自身の真実を語る:告白の書)
このタイトルは、ミシェル・フーコーが1982年にトロントのヴィクトリア大学で行った講義のタイトルから取ったとのこと

ヨーロッパを自伝の大陸、告白の大陸と言うことができるくらいに、ヨーロッパには自己観察、自己批判の伝統があるという

それが弱い日本などと比べると、そういう評価も分かる

今日のお話は、その系列を追って、いろいろな哲学者、作家、歴史家について語っていたが、それぞれについての知識がないとフォローするのが難しいところがあった

これからのために今日の登場人物についてはメモしておいた

今日のテーマに関連するフーコーの思索については、エッセイで取り上げたことがある
このテーマについては今でも興味を持っており、今日の内観や告白の話と併せて、これからも考えていきたいテーマになりそうである









2024年5月26日日曜日

今日からパリ















今日から1年振りのパリである

非常にタイミングよくパリ訪問の予定が立てられていたことになる

天の配剤とでも言うべきなのだろうか

そのことに関連するのだが、今日の機内で重要なことを思い出した

拙著 Immunity の校正中に向き合っていた問題点があったのだが、それをどう解決したのか思い出せないことに気付いたのである

こういうことはないので調べてみると、手が付けられないままになっていた

その時の記録を読むと、最初の問題点に解決を与える文章が他のところにも使えそうだということでいろいろ調べていて、そちらに注意が集中してその問題は解決したのである

しかしその過程で、オリジナルの問題を忘れてしまったようなのだ

このようなことは気付かないうちに起こっているのではないかという疑念が湧いてくる

是非手を加えたいので、まだ校正が間に合うかどうか問い合わせたところである

もし今回旅行に出ていなければ、そのことに気付かずに終わっていた可能性が高い

その意味でも、何かの巡り合わせを感じている


ところで、今回のパリは昨年と何かが大きく違う

昨年は、免疫論の英訳が中心で、その合間に出版社とのやり取りもあり、着いて早々ニューヨークに行かなければならない用事ができた

ということで、仕事のようなものに絡まれ、慌ただしかったという印象が強い

しかし今回は、そのようなものはなく、自由に考えを羽ばたかせる時間として使えそうである

住まいも昨年はパリの南だったが、今年は東に変わっている

昨年同様、アパルトマンの周囲は音が全くしない静けさの中にある

早速、軽い夕食を、と思って外に出た

お店の人がデジュネには何がよろしいですか、などと訊いてきた

この人なぜフランス語を間違っているのかと相手のせいにしていたが、まだお昼時だったのである

気付いたのは店を出て時計を見た時

これから増えてきそうな嫌な瞬間であった

このような調子だが、今回の滞在が何を齎してくれるのかには興味がある

注意深く観察したい






2024年5月25日土曜日

外国からの出版、あるいはリアルな交換の場としてのカフェ/フォーラム


























拙著 Immunity の校正ゲラを先週送ったが、この間、いろいろなやり取りをしていた

細かいことばかりなのだが、その都度確実によくなっていったように感じている

そして昨日、おそらく最後になるだろうやり取りを終えた

この過程を通じて不思議な感覚を味わっていた

日本の場合、これはわたしのケースだが、どこかの段階で編集者との「面」識ができた

そのため、近くで仕事をしているという感覚があった

ところが今回は、最初から最後までメールだけのやり取りで、相手がどのような感じの人なのかも分からない

それでもバーチャルな言葉の交換だけで、ものことは前に進んでいく

言葉を発すればそれに反応するということをくり返しながら、機能的な結びつきだけで作品が出来上がるのである

こちらが送った原稿が知らない間にどこかで本に変容しているという感じで、遠くの出来事のようである

この関係性は現代の特徴を表しているのかもしれない

まだ日本の方が若干リアルな要素が残っているということなのか

あるいは、今回は単に物理的な距離が大きかっただけなのか

AIの進歩などの加速も相まって、これからどんどんリアルな関係が減ってくるということになりそうである

そう考えると、昨日案内したカフェ/フォーラムのようなリアルな会の意味は計り知れないのかもしれない










2024年5月24日金曜日

第11回サイファイフォーラムFPSSのご案内



















第11回サイファイフォーラムFPSSのプログラムが決まりましたのでお知らせいたします

日時: 2024年7月13日(土)13:00~17:00

場所: 恵比寿カルフール C会議室


プログラム:

(1)矢倉英隆: シリーズ「哲学と科学」⑤ ソクラテス以前の哲学者-5

(2)伊藤明子: 目的論と科学―カントの有機体論が開いた視座

(3)林 洋輔: 学問と「終極」の狭間をめぐる討議――体育哲学からの考察――


詳細はこちらのサイトをご覧いただければ幸いです

皆様の参加をお待ちしております

よろしくお願いいたします








2024年5月22日水曜日

久し振りのパリメモ、そしてこれから





偶然だったが半年ほど前から、寝る前の30分~1時間を読むことに使うようになった

最初は手に取った本で面白そうなものであれば、立ったままそれを読み進むというスタイルだった

それが先月あたりから、2007年からのフランス生活で書いていたパリメモを座って読み直している

パリメモを読むのは、これまで何度も試みては頓挫したプロジェである

昨日読んだのは、2008年のイギリス人科学哲学者によるセミナーの記録で、参加したことや演者の姿は浮かんできた

ただ、その解像度は以前に試みた時よりは落ちていると感じた

16年も前のことなのだから、自然の流れではないだろうか

お話は、生物というものについて微生物から見直しながら規定しようというもので、よく理解できるものだった

今回まとめた免疫論でも生物界を見渡す章を設け、同様の考察を加えたことも関係しているかもしれない


ところで、英語版のゲラ校正を終えたのがまだ1週間前のことで、いつものように驚く

かなり前のことのように感じられるからだ

これからはいくつかのプロジェの可能性を検討しながら、発展性のありそうなものに集中することにした

それが分かるのがいつになるのか、今は想像もできない











2024年5月17日金曜日

最初のブログ「フランスに揺られながら」を読んで





























数日前、拙著 Immunity の索引案が送られてきた

この案も専門の会社が担当したようだ

分業である

日本語版は重要だと思う言葉をできるだけ多くピックアップしたが、今回のものは別の考え方に基づいているように感じた

完璧に近い選びにするというよりは、何かを理解してもらうような並びになっている

この緩やかな発想はわたしにはなかったものだが、それを受け容れることにした



ところで今日は待ち時間があった

暇なので、携帯から2005年から2年続いた最初のブログ「フランスに揺られながら」を読んでみた

携帯では手ごろなサイズになって現われるので親近感が湧く

最近若い人と話したところによれば、紙のものに触れることはないとのことだったので、古典的な本が売れないのも理解できる

それはさておき、最初のブログではかなり濃密な意見交換が行われていたことが分かり、ある意味感動した

当時は探索の旅に出る前だったので、いろいろな問題意識を持っていた

それが読む人にも響いたのではないかと思われる

それに比べると、最近のものは安定し過ぎているように見えてきた

当時抱えていたどのように歩むのかに関して、悟りの状態に入っているように感じているからだろうか

今の状態にどのような揺さぶりをかけることができるだろうか

全身で向かっていくべきテーマはあるのだろうか

考えてみるのも面白そうだ








2024年5月15日水曜日

Immunity: From Science to Philosophy の校正をやっと終える
































快晴の本日、拙著 Immunity の最終校正を終え、2日遅れで編集者に送ったところだ

最初の校正時、フライヤーも各サイトも準備ができているので、この本はすでに刊行されていると無意識に思っていたことに気づいた

ほとんど直すところがないかのような錯覚に陥っていたのである

しかし、この原稿はまだ世に出ていないことを確認した時、ゲラに向かう気持が一変した

要するに、より良いものにすべく積極的に手を加えていくという方針に変わったのである

表現だけではなく、取り上げた事実についても気になったものは再確認することになった

そのため想像以上の時間がかかったが、自分の中ではより明快なものになったと思っている

それでもなお不備は付いて回るのが常だが、それができるだけ少ないことを願うばかりである

細かい作業はあるかもしれないが、一応これでわたしの手を離れたことになる

これから新たな気分で自由に考えを巡らせる時空が広がることを期待したい










2024年5月9日木曜日

Immunity: From Science to Philosophy をもう一度読み直すことに
















本日は快晴で気持ちがよい

以前から感じてきたことだが、毎日がどっしりとそこに在るという感じで、ほとんど動かない

時が止まったような感覚の中にあるので、日々をたっぷり味わわせていただいている

これは長らく「いま・ここ」に集中してきた成果なのだろうか


そんな中、拙著 Immunity の校正は続いている

新しく現れたいくつかの問題と向き合い、修正策を考えてきた

1つの問題に対する朝は、まだその方法は頭にない

それがいつ終わるのかも分からず、時に日を跨ぐこともある

ああでもないこうでもないとやっているうちに出口が見えてくる

昨日、一先ずのところは終えることができた

このような職人的(artisanal)な作業にささやかな悦びを感じるようになって久しい

それでもなお手を加えるべきところが残っているというのが、これまでの経験であり、すべてを見透せない人間のやることなのだろう

今回が最後の校正になるので、期限ぎりぎりまで時間を使うことにした







2024年5月6日月曜日

ゲラ校正の最終盤、重要なことに気づく



















拙著 Immunity の校正も最終段階に入って来た

やはり後半に入ると教科書的とは言えなくなる

そこが本書の特徴とも言えるだろう

その中に追加説明が必要な個所が見つかったのは幸いであった

自分の中で思い込みが強いと、すでに説明しているものと錯覚することがある

それが原稿の段階では気づけないのだが、ゲラになることによって見えるようになる

原稿の場合はまだ自分が書いたものというところがあるが、ゲラになると他人が書いたものとして見ることができるようになるだけでなく、視界が広がり見通しが良くなるからではないかと想像している

これまでに何度も経験していることを今回も経験することになった

残り僅かとなったが、最後まで注意深く読み進めたいものである








2024年5月5日日曜日

Immunity: From Science to Philosophy は更なる形而上学化の対象か


























拙著の英語版 Immunity を中頃まで読んだところだが、非常に丁寧に事実を追っているという印象が強い

自分ではその意図はなかったのだが、教科書的な本に見えてきた

少し前に「純専門書」という印象があると書いたことと繋がる感想である

どうして日本語を読んだ時にはそのように見えなかったのだろうか

分からない

自分の中で、免疫という現象を具体的な事実として押さえておきたいという気持ちが潜在的にあったのかもしれない

結果的にそうなったのだとすれば、この本に取り上げられている科学的事実の部分は、これからも新たな形而上学化(MOS)の対象になることを意味している

その視点から見れば、これからの歩みの土台になる本だとも言えるかもしれない

興味深い展開である

校正作業はもう少し残っている











2024年5月4日土曜日

ポール・オースターさん 亡くなる



















アメリカの作家ポール・オースター(1947年2月3日 - 2024年4月30日)さんがつい最近亡くなったことを知る

その昔、読んでいたことがある

検索したところ、最初のブログで3つほど引っ掛かって来た

Flaneur(2005.3.13)

Paul Auster 再び(2005.4.15)

わがタイプライターの物語(2006.3.28) 

 

もう20年ほど前の記事になる

この2年後にフランスに向かっているのだから、数字だけ見るとかなり前になる

しかし、だからといって時が経つのは早いという感覚はない

むしろ、じっくり味わいながら歩んできたという印象の方が強いからだろう


上の記事の中に、英語で感動したところを日本語で読んでもそれが伝わってこなかったという一節がある

同じことはフランス語でも経験している

この経験がもたらしたものは想像できないくらいのレベルに達しているのではないか

そんな気がしている






2024年5月3日金曜日

ゲラ校正、新しい本の制作過程か



















ゲラ校正の日々である

昨日も一か所立ち止まるところがあった

読んでいるうちに、日本語の本とは全く別物のような気がしてきた

これは翻訳本について一般的に言えることかもしれない

これまでフランス語の本を2冊訳しているが、それを見て、原本とは全く違うというのが偽らざる感想であった


今回のものを全体として眺めると、科学の純専門書という印象を受ける

本のサイズが変わるかもしれないので、もしそうなるとすれば、それだけでも大きな違いになる

視界が広がり、より高いところから眺めているような感じになりそうだ

まだ前半部分だが、今回改めてそこに詰まっている事実の多さに驚いた

すべてこれまでの科学者の努力の跡なのだが、著者がそれを拾い上げていることになる

とにかく膨大な領域なので、拾い上げる人によって内容が変わってくる筈である

専門家でない読者は、それぞれの事実に付いていくのが大変そうである

ただ、事実の繋がりには注意を払っているので、話の流れはスムーズになっていることを願っている

これは最初に感じたことだが、ページ数が少ないのは校正作業にも精神的に良い影響を与えているようだ

残りもゆっくり読むという方針で当たりたい







2024年5月2日木曜日

ゲラ校正、暫しの間思案する


























今朝も快晴で穏やかな一日の始まりである

昨日から5月に入っていた

昨年の今頃は、現在校正中の本の英語原稿を作り始めていた

それから夏の終わり頃までその作業は続いた

昨日は予定通り、本を読むようにして気になるところを探すというやり方で進めた

その途中に一か所引っ掛かるところがあり、暫しの間いろいろな資料を読み直すということがあった

最終的には解決策が見つかったのだが、全く違う体裁で目の前に現れるとそれまで気付かなかったことが見えてくることがある

このような経験は自らの認識を深めることに繋がるので、今日からの作業も無垢の目で当たりたいものである


今日の写真はトゥールのお気に入りの風景とした