2025年12月29日月曜日

2025年を振り返る
















今年も残り数日となってきた

この機会に今年を簡単に振り返っておくことにしたい


今年もサイファイカフェ/フォーラムの開催を軸に、年来のテーマについて考えていた。その過程で気づいたことがある。その一つが、東京の研究所で研究していた時間とパリで始まった全的観想生活の時間が同じになっていたことである。これは全く想像できなかったことで、研究生活がそんなに短かったのかという感慨と、観想生活をそんなに長い間やっていたのかという驚きが交錯している。これは先月上梓したばかりの『生き方としての哲学:より深い幸福へ――アドー、コンシュ、バディウと考える』でも触れているが、観想生活に入ってからの時間の捉え方がそれ以前とは全く異なっていることと関係があるのではないかと思っている。具体的に言えば、観想生活の全体を常に抱えながら歩んでいるという感覚があるため、時の流れを感じなくなっているのである。詳細は近著に当たっていただければ幸いである。今年も年初には想像もできない展開があった。以下に簡単にまとめてみたい。


1)ISHE出版の立ち上げと『生き方としての哲学: より深い幸福へ――アドー、コンシュ、バディウと考える』の刊行

サイファイ研究所ISHEを創設してからすでに10年以上が経過している。その営みから見えてきた思想の種子を発表するための活動として「ISHE出版」を始めることにした。その考えに至ったのは、キンドルダイレクトパブリッシング(KDP)という自己出版のシステム(自費出版とは異なり費用がかからない)があることを知ったからであった。この「民主的な」プラットフォームがなければ、以下の刊行はなかったであろう。その第1作は、フランス語のテクストを読み議論する「ベルクソンカフェ」の内容をまとめたエセー『生き方としての哲学: より深い幸福へ――アドー、コンシュ、バディウと考える』で、11月上旬に刊行された。

ここで紹介されている古代ギリシアから現代に至る思想の中に、我々の人生においても参考になることが含まれていると同時に、サイファイ研究所ISHEのミッションとも深く関わるテーマが現れていることに驚いている。また、この本はマルセル・コンシュについての論考が含まれている本邦初のものになると思われる。個人的には、3人の哲学者を改めて振り返ることにより、彼らの哲学の入り口に立ったという感覚があり、これからその中に入っていきたいと思いが湧いてきた。本書は120ページほどの小冊子なので、お手に取ってお読みいただければ幸いである。これからもサイファイ研究所ISHEの活動の中に埋もれている思索のための種子を紹介していく予定である。この活動へのご理解とご支援をいただければ幸いである。


2) マルセル・コンシュMétaphysique(『形而上学』)の翻訳

マルセル・コンシュ(1922~2022)は日本ではほぼ無名で、コンシュについて語っているのはわたし以外には見られないという状態にある。それにもかかわらず彼の『形而上学』という著作を翻訳しようと思ったのは、コンシュがわたしにとって最初にフランス語で語り掛けてきた哲学者であり、次のような因縁もあったからである。実は、フランス滞在時に形而上学という営みについてお話を伺おうと思い、手紙を出したことがある。返信は期待していなかったが、彼の著書『形而上学』を読んでから話をしようとの回答があった。しかし、他のプロジェクトもありなかなか手に付かず、そうこうしているうちに亡くなられてしまった。このような背景のもと、昨年末から素訳を始め、今年の中頃から校正をしていた。一通り読み終わった今であれば意味のあるランデブーになったのではないかと思うと、残念である。いずれにせよ、『形而上学』は刊行にまで持っていきたいとは思っているが、どのようなことになるのかはまだ分からない。


3)サイファイカフェ/フォーラムの開催

今年もカフェ/フォーラムを継続することができた。また新たな試みとして、哲学者を招いて生命倫理に関する問題を考える「サイファイ対話CoELP」(Conversations on Ethics of Life with Philosophers)を秋から始めた。サイトにもあるように、中澤栄輔先生に講師の任を快諾していただいたことで、このプロジェクトが動き出すことができた。会も盛会のうちに終わり、来年も開催に向けて検討することになる。

最近、カフェ/フォーラムのまとめ方に変化が見られるので一言だけ。以前は、内容をその日のうちに一気にまとめる傾向があった。しかし最近では、会の流れをたどりながら、個々の事実をじっくり味わい、瞑想しながらまとめるようになっている。その会の内容を伝えるだけではなく、そこから派生する問題についても考えを巡らせる余裕が出てくるので、長い目で見ればよい効果を及ぼすのではないかと期待している。

以下に今年の活動を列記しておきたい。それぞれの扉を開けると、そこには奥深い世界が広がっているはずである。お楽しみいただくと同時に、今後も末永くご支援いただければ幸いである。


春のカフェ/フォーラム

◉ 2025年3月4日(火)第11回ベルクソンカフェ

テーマ: マルセル・コンシュの哲学――2006年のインタビュー記事を読む

◉ 2025年3月6日(木)第12回カフェフィロPAWL

テーマ: 『免疫学者のパリ心景』を読むvol. 1――なぜフランスで哲学だったのか――

ファシリテーター: 岩永勇二(医歯薬出版)

◉ 2025年3月8日(土)第13回サイファイフォーラムFPSS

(1) 矢倉英隆: シリーズ「科学と哲学」⑦ プラトンの宇宙観

(2) 細井宏一: 人文科学と自然科学の間にあるサイエンス ~考えるということ~ ——啓示か、観察か、それとも・・・——

(3) 岩倉洋一郎: 科学は自らの発展を制御できるのか?

◉ 2025年3月14日(金)第20回サイファイカフェSHE

テーマ: 『免疫から哲学としての科学へ』を読む(2)自己を認識し、他者を受け容れる

◉ 2025年4月12日(土)第13回サイファイカフェSHE 札幌

テーマ: 『免疫から哲学としての科学へ』を読む(1)免疫の理論史


夏のカフェ/フォーラム

◉ 2025年7月9日(水)第21回サイファイカフェSHE

シリーズ『免疫から哲学としての科学へ』を読む(3)オーガニズム・レベルと生物界における免疫

◉ 2025年7月12日(土)第14回サイファイフォーラムFPSS

プログラム

(1)矢倉英隆: シリーズ「科学と哲学」⑧ プラトンと医学 

(2)武田克彦: 神経心理学の方法 

(3)市川 洋:社会の中の科学と科学コミュニケーション

◉ 2025年8月2日(土)第14回サイファイカフェSHE 札幌

シリーズ『免疫から哲学としての科学へ』を読む(2)仮説、自己免疫、共生


秋のカフェ/フォーラム

◉ 2025年10月18日(土)第15回サイファイカフェSHE 札幌

『免疫から哲学としての科学へ』を読む(3)オーガニズム・レベルと生物界における免疫を見渡す

◉ 2025年11月5日(水)第12回ベルクソンカフェ

マルセル・コンシュの哲学(2)『形而上学』の「まえがき」と「プロローグ」を読む

◉ 2025年11月8日(土)第15回サイファイフォーラムFPSS

(1)矢倉英隆: シリーズ「科学と哲学」⑨ カール・ポパーによるプラトン批判

(2)尾内達也: 時間と空間についてのT-N-S理論

(3)久永眞一: 妄想と幻覚の正体?

◉ 2025年11月12日(水)第13回カフェフィロPAWL

『免疫学者のパリ心景』を読む(2)この旅で出会った哲学者とその哲学

ファシリテーター: 岩永勇二(医歯薬出版)

◉ 2025年11月14日(水)第22回サイファイカフェSHE

『免疫から哲学としての科学へ』を読む(4)免疫の形而上学

◉ 2025年12月6日(土)第1回サイファイ対話CoELP(哲学者との生命倫理対話)

講師: 中澤栄輔(東京大学)

生命倫理の問題を考える――いのちの終わりの倫理


4)上の記録から分るように、今年のSHEでは1年間に亘り、拙著『免疫から哲学としての科学へ』の読書会が行われた。2年前の著作を読み直すことで、この本が提起している根源的な問いが改めて迫ってきた。最終章のタイトルが示している通り、「新しい生の哲学に向けて」どのように歩むのか。来るべき年の課題になりそうである。


5)今年のPAWLにおいては、編集者の岩永勇二氏(医歯薬出版)をファシリテーターとして、3年前の著作『免疫学者のパリ心景』の朗読会が開かれた。この過程で、2007年からの全的観想生活に至る小さな「出来事」の連なりを再確認すると同時に、それがバディウの言う真理に導く「出来事」に当たることを改めて意識することになった。この点については『生き方としての哲学:より深い幸福へ――アドー、コンシュ、バディウと考える』でも触れている。さらに、始原に本質があるとすれば、そこに哲学の本質があると思われる古代ギリシアの哲学に当初から惹かれていたことも明確になってきた。『免疫から哲学としての科学へ』でも感じたが、わたしの中に本質に対する志向性があるのかもしれない。ギリシアの哲学については、今後の新たな思索対象となりそうである。


2年前から、その年のプロジェクトを年初に決めるのではなく、年末に振り返った時に見えてきたものがプロジェクトであるという考え方で歩み始めた。わたしのフォルミュールで言えば、「目的は最後に現われる」のである。そして本年もまた、より豊かなものをもたらしてくれたことを改めて確認している。その年を縛りのないインプロヴィゼーションの中で過ごすことができるからではないかと考えている。これは科学の分野にいた時には採用できなかったものだが、これからもこのやり方で歩むことになるだろう。

 







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