最後は激しい花粉症で終わった2週間にわたる東京でのカフェ/フォーラムシリーズ
現世に降りてのこの期間は怒涛のような毎日であった
コンシュさんではないが、まさに「縮小された時間」に生きるとはこういうことを言うのだろう
このようなことは、それまでの「果てしない時間」に近い状態ではなかったので、いつものようにすごい落差を感じた
それに関連すると思うのだが、時間に関する感じ方の違いを再確認する出来事があった
その中で「2年前に出された本は・・・でしょうか」というような質問が聞こえてきた
それを聞いた時、「2年前に」何かやっていただろうかという思いで、何のことを質問されているのか瞬時には理解できなかったのである
仕事をしていた時の感覚で2年前と言えば、自分の中ではかなり前になる
当時は時間がどんどん後ろに流れ去り、1年前でもかなり昔という感覚の中にいたからだ
『免疫から哲学としての科学へ』のことを訊かれていることが分かり、それを書いたのがもう2年も前(仕事をしている時の感覚での)になることに驚いたのだった
今では、いつも目に見えるそのあたりに過去が転がっている状態になっているので、その本を書いてから2年も経っているという感覚がなくなっていたのである
今回の朗読会で読んだ中に、このことに関連するところがあった
それは、フランスに渡る2007年の初めに浮かんできた一つの感慨である
いまを生きている自分
これまでに在ったいろいろな自分
普通は昔の自分を遠くに置いたまま
時には捨て去り、それとは別の自分を生きている
それが忙しく現実を生きるということなのかもしれない
しかし、それが最近変わってきているのではないか
一瞬そんな思いが過ぎった
それはこれまでに在ったすべての自分を現在に引き上げ
彼らと話をしながら生きている、あるいは生きようとしている
そんな感覚である
そのすべてを引き受け、そのすべてが求めるところに従って歩む
そうした方がより満ちた人生になるのではないか
そんな想いが静かに溢れてきた
それ以来、このような考えが基底にあったのだろう
フランスに渡ってからすでに18年、カフェ/フォーラムを始めてからでも14年も経過しているが、そんな昔に始めたという感覚はなく、いつもそのあたりに転がっている
そんな感覚の中にいる
その一つの証左として、今回のPAWLでのやり取りを了解したのである
これは仕事をしていた時、あるいは「縮小された時間」に生きていた時にはあり得なかったことである
そしてこの時間の捉え方は、幸福感に至る重要な要素になるような気がしている
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