2025年3月13日木曜日

エネルゲイアとエネルギー再考

























春のシリーズも充実のうちに経過し、明日の拙著『免疫から哲学としての科学へ』を読むサイファイカフェSHEで終ることになった

このシリーズに参加された皆様に改めて感謝したい

今回も、準備段階からそれぞれの会の内容にいろいろなつながりが見え、全体がカクテル状態になってくるのを感じていた

あるいは、それぞれを関連付けたくなる心の動きが出てきていると言い換えることができるかもしれない

いずれにせよ、それなりの時を経た証しと言えるのではないだろうか



ところで今回、参加者から「エネルギッシュですね」という言葉が出てきたのを聞き、驚いた

自分の中ではエネルギーを使っているという感覚が全くなかったからだ

そこで関連付けたくなったのが、今回のカフェフィロP'AWLでも話題になった「現実性、現実態」と訳されるアリストテレスの「エネルゲイア」である

この言葉はエネルギーの語源になっていると言われるが、「エネルギーからは想像できないような意味がある」としてきた

しかし、今回のような感想を聞くと、実は深いところでつながっているのではないか、と思い始めたのである

それはこういうことである



まず、エネルゲイアに関する藤澤令夫氏の説明を聞いてみたい

彼は、単純な動きや移動を意味する「キネーシス」と比較しながら、エネルゲイアの特徴を以下のようにまとめている
1)キネーシスはその行為自体が目的ではないが、エネルゲイアはそれ自身が目的であり、目的が行為の中に内在する 
2)キネーシスの場合には現在の状態とその完了が乖離するが、エネルゲイアの場合には現在において完了してしまう
3)キネーシスは目的に至るまでは常に未完成だが、エネルゲイアはいつも完成され、完全である
4)キネーシスは時間の内にあるが、エネルゲイアは時間とは無縁である
5)キネーシスは「どこからどこまで」という条件に規定されるが、エネルゲイアにはそれがない
6)キネーシスには速い遅いがあるが、エネルゲイアには速さと遅さがない

つまり、エネルゲイアにおいては、今何かをやった瞬間に目的を達成してしまっているので、常に満たされた状態にいることができる

これこそ幸福と言ってもよいのではないだろうか

しかし、忙しく仕事に追われていると、この状態を経験できない

常に先にある目標に向かっているからだ

さらにこの状態に入ると、自分が移動しているという感覚がなくなり、周りが勝手に動いていくように感じられるのである

つまり、どこに行くのにも、何をやるのにも、自分が前に向かって運動しているという感覚はなく、自分は今ここにいるだけで周りが動いてくれるので、精神的に全く疲れないのである

こう説明した時、何を呑気なことを言っているのか、信じられない、などという声も耳に入ったが、本当にそれが実感なのである


そこで今日の本題である

実はそこに、エネルゲイアと、エネルギーあるいはエネルギッシュとの深いつながりがあるのではないかと思えてきたのである

つまり、この状態に入ると、身体的にはどうか分からないが、精神的には何をやっても全く疲れないので、外から見るとエネルギッシュに見えるということになる

なぜなら、本人は何かをやった瞬間に常に完成し、常に満たされた状態にいるからである

この感覚はフランスに渡る数年前から自分のものになっており、フランスでそれがエネルゲイアであることを藤澤令夫氏の著作で知り、何でもすでに考えられていることに驚いたのである

こうして振り返ると、アリストテレスのこの概念は、わたしの生活の根底を支えてきたキーコンセプトなっていたことが見えてくる

今回のシリーズの大発見(あるいは再発見)と言ってよいかもしれない








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