2024年4月4日木曜日

ポパーによる「プラトンの呪縛」(29)政治綱領(11)
































ゴルギアス』におけるカリクレス(5th century BC)の発言を引用しておこう
法は多数の民衆が作るのだ。そして民衆をなすのは主として弱者である。民衆は法を作る・・・自分と自分たちの利益を守るために。そして民衆は、より強い者が、・・・つまり、自分たちよりも優勢な他の者たちが法を作ることを押さえ込むのだ・・・民衆は、ある者が隣人に優越しようとするならば、それを「不正」と名づける。かれらは自分たちが劣っていることを知っているから、言わせてもらうが、平等がえられるなら、それで大喜びなのだ。

ここには法の下での人間の平等、個人主義そして不正からの保護というリュコフロンの理論のすべての要素が見られる


国家』におけるグラウコンは次のように言っている

わたくしの主題は正義の起源でして、正義とは、本当はどんなものなのかということです。本性上、他人に不正を加えることが立派なのであり、自らが不正をこうむることが悪いことであると主張する人がいます。彼らは、不正をこうむったことで受けた害悪は、それを加えた者たちが得る利益よりもはるかに大きいと考えるのです。ですから当分、人間は互いに不正を加えあい、そこから当然のこととして不正をこうむることになるでしょう。彼らはそれら二つを十二分に味わうことでしょう。つまるところ、不正から身を守るほど、また他人に喜んで不正を加えられるほど十分に強くない者は、相互に契約を結び、お互いにもはや不正を加えることもこうむることもないようにすべきであり、それがためになることを見出すのです。このような次第で法が導入されたのです・・・そしてこれが、下の理論によれば、正義の本性であり起源なのです。

これは『ゴルギアス』におけるカリクレスの発言と酷似している


以下、ポパー(1902-1994)のまとめである

プラトンの正義論は、平等の理念や個人主義的で保護主義的な傾向を否認し、全体主義的な道徳論を展開することで部族の要求を回復しようとする意識的な試みであった

また、新しい人道主義的道徳にも影響を受けていたので、法の下での人間の平等理論に対しては議論することを避けた

彼は、国家の安定性を維持するためには階級的特権が必要であると主張したが、それが正義の本質なのである

つまり、正義とは、国家の力、健全性、安定性に役立つものであるという、現代の全体主義的定義(我が国、我が階級、我が党の力のためになるものが正義)と酷似した論証に依拠している

 これで「プラトンの呪縛」の上巻を読み終えたことになる










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