今年も一年を振り返る時が来たようだ
昨年から年初に「今年のプロジェ」なるものを一切考えないことにした
年の初めの一瞬の自分に1年が縛られることがなくなったので、その時その時を自由に考えて生きることができるようになっている
そのため、想像もできなかったようなことが起こる驚きに満ちた一年となった
以下、具体的に振り返ってみたい
1)Immunity: From Science to Philosophy(CRC Press)の刊行
この本は昨年出した『免疫から哲学としての科学へ』(みすず書房、2023)の英語版になる。昨年末にRouteledgeとの契約が成立したので今年の初めから作業に入っていたが、5月には基本的なところは終わり、8月5日に刊行となった。これで免疫に関するプロジェの第一段階が終わったことになる。この本は免疫の全体について哲学的、歴史的視座から論じているので、一つの文化的成果になるのではないかと考えている。
2)パリ訪問とこれからの構想
今年も5月から6月にかけてパリを訪問することができた。昨年の滞在は免疫論の英訳や出版社との交渉に明け暮れていたが、今年は Immunity のゲラも5月中には手を離れていたので白紙の状態でこれからについて思いを馳せることができた。また、アパルトマンがペール・ラシェーズ墓地の近くだったこともあり、オーギュスト・コントの墓に花を添えることができたのは幸いであった。それから、上記免疫論でも取り上げたカンギレムに関連したいくつかの書籍にも手が伸びた。このようなことは日本ではあり得ないので、新しい刺激を受けたように感じている。帰国後、この滞在中に浮かんだアイディアが頭の中で蠢き、11月あたりまでプライオリティを決めることができなかった。しかしここに来て、カオスの中から一つの方向性が見えてきたようである。
3)就寝前の読書
実はこの習慣、振り返りを始める今月初めまで完全に忘れていたものである。調べると、昨年11月から今年のパリ訪問前あたりまで、就寝前の1時間ほど、寝室で立ったまま本を読むということをやっていた。これは想像以上のものを齎してくれた。その内容もそうだが、それに関連して翌朝の数時間が思考に使われることになり、充実していたようである。読んでいたのは本棚にあった、古在由重の『思想とは何か』、田中美知太郎の『生きることと考えること』、カール・ポパーの『開かれた社会とその敵』第1・2巻「プラトンの呪縛」(ブログでも取り上げた)、カッシーラーの『国家の神話』、藤田正勝の『日本哲学入門』、納富信留の『世界哲学のすすめ』、藤田正勝の『日本哲学史』など、日本人のものが多い。忘れていたこの習慣だが、振り返りを始めた今月から蘇っている。
4)サイファイカフェ/フォーラムの開催
これまでは春秋の年2回開催だったが、今年は夏にもサイファイフォーラムFPSSを開くことにした。具体的には、以下のようなプログラムで行った。いずれの会も充実した議論が展開し、わたし自身も多くの発見があった。参加された皆様には改めて感謝したい。
春のカフェ/フォーラム
◉ 2024年3月6日(水)
テーマ: J・F・マッテイの『古代思想』を読む(2)エンペドクレスとヘラクレイトス
◉ 2024年3月9日(土)
① 矢倉英隆 シリーズ「科学と哲学」④ ソクラテス以前の哲学者-4 アナクサゴラス
② 木村俊範 日本のテクノロジーには哲学が無かったのか、置き忘れたのか? 一テクノロジストの疑問 <第9回発表のディスカッション・セッション>
③ 佐賀徹雄 社会のための科学について考えること――元工学研究者の問い
◉ 2024年3月12日(火)
テーマ: スピノザと共に「知性改善」を考える
◉ 2024年3月14日(木)
テーマ: 意識研究では何が問題になっているのか
◉ 2024年4月6日(土)
テーマ: プラトン哲学からものの見方、生き方を考える
夏のフォーラム
◉ 2024年7月13日(土)
① 矢倉英隆 シリーズ「科学と哲学」⑤ ソクラテス以前の哲学者-5 デモクリトス
② 伊藤明子 目的論と科学――カントの有機体論が開いた視座
③ 林 洋輔 学問と「終極」の狭間をめぐる討議――体育哲学からの考察――
秋のカフェ/フォーラム
◉ 2024年10月19日(土)
テーマ: 最初の形而上学者パルメニデス
◉ 2024年11月5日(火)
テーマ: J・F・マッテイの『古代思想』を読む(3)パルメニデス
◉ 2024年11月9日(土)
① 矢倉英隆 シリーズ「科学と哲学」⑥ 科学の創始者としてのプラトン
② 矢倉英隆 マルセル・コンシュの哲学(代替演題)
③ 阿戸 学 日本の背骨としての仏教思想
◉ 2024年11月15日(金)
テーマ: シリーズ『免疫から哲学としての科学へ』を読む(1)免疫のメカニズムが見えてくるまで
5)ISHEメンバーの設置
最近のカフェ/フォーラムにおける特徴の一つに、参加者との相互作用から新しい方向性が見えてくることが挙げられる。サイファイ研究所 ISHEと緩やかな関係を結ぶ立場を設けては、という提案を受けて「ISHEメンバー」を設置することにしたのは、その一例である。その他、カフェ/フォーラムのテーマなどについても希望が出されるようになっている。拙著『免疫から哲学としての科学』の読書会を開くなどはその一例だが、もう一つの著書『免疫学者のパリ心景』についても同様の要望が届いている。ISHE創立10周年の挨拶の中でも触れたが、これからは広げることと併せて深めることをやっていきたいという方向性にも合致するので歓迎したい。今後の更なる展開にも期待したいものである。
6)マルセル・コンシュ『形而上学』の翻訳
現代フランスを代表する哲学者の一人にマルセル・コンシュ(1922-2022)がいる。しかしながら、なぜか日本では知られていない。彼は2006年にわたしの前に現れたのだが、それ以降も日本で話題になることはなかった。未だにネット検索で出てくるのは、ほとんどがわたしのブログ記事という状況が続いている。18年経ってもこの状況なので、彼の著作の翻訳を考えるようになった。選んだのは2012年刊の『形而上学』(Métaphysique)。日本ではほとんど知られていない人の著作になるので、出版社を見つけるのはかなり難しいと思われるが、最後までやる予定である。進捗状況についてはこちらに記録することにした。
7)今年1年の記録を読み返す
いつからかは分からないその昔から一日の記録を書き残しているが、これまで一年の全体を通して読み直すことはなかった。書きっぱなしの状態と言ってもよいだろう。プロジェが動いている時には、なかなかそんな気にはならなかった。今月初め、暇を持て余している時、このアイディアが浮かんだ。実はこれまで何度も考えたことはあったのだが、遂に実行されることはなかった。今回、無理をしないで1日ひと月のペースで進め、10月までを終えることができた。記述の中にはすでに自分の中に沁み込んでいるものだけではなく、忘れていた重要なこともあった。このようなことは読み返しがなければ埋もれてしまっていた可能性が高いので、来年も考えてみたい試みである。
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