2024年12月30日月曜日

わたしはピーター・ゴラーの孫弟子であった




















この秋のサイファイカフェSHEで、拙著『免疫から哲学としての科学へ』の第1章を読んだ

この読書会は札幌でも来年から始まるので、つい数日前、何気なく手に取ってみた


免疫システムにおいて重要な役割を担っている分子に主要組織適合遺伝子複合体(ヒトではHLAと言われる)がある

この分子は自己を特徴づけるもので、移植の際に重要になる

また、抗原を免疫担当細胞に提示するという重要な機能を担っている

この分子を発見したのは、イギリスの若き病理学者ピーター・ゴラー(1907-1961)であった

残念ながら、肺がんのために54歳で亡くなった


わたしは1978年、ボストンからマンハッタンにあるスローンケタリングがんセンターに移った

エドワード・ボイス(1923-2007)という、やはりイギリス人の研究室で研究するためである

その意味で、ボイス博士はわたしの師に当たる

ボイス博士がゴラーの教えを受けていることは知っていたが、ゴラーとわたしの関係には全く注意が向いていなかった

今回自著を読みながら、わたしはピーター・ゴラーの孫弟子の一人になるのではないかと気づいたのである

そのようなものの見方がわたしの中になかったため、今まで気づかなかったのだろう

ボイス博士がゴラーを回想したエッセイ(Working with Gorer, 1957–1960, Immunogenetics 24: 350-351, 1986)が残っているが、共感を持って読んだことを思い出す

自分にもそういうところがあるような気がしたからだろうか

そんなこともあり、エッセイで紹介されていたゴラーという人間性の一部を拙著でも取り上げた(p. 50)

今回の発見があったからといって、だからどうだ、ということになるのだが、なぜか不思議な感じがしている

これも振り返りの効果だろうか








2024年12月29日日曜日

1年の振り返りから17年の振り返りへ
































このところ、就寝前には「医学のあゆみ」のエッセイシリーズ「パリから見えるこの世界」を少しずつ読み始めている

それを新鮮なものとして(=恰も第三者が書いたもののように)である

丁度良い距離感を保つことができる時間が経過しているのかもしれない

ほとんどは体に沁み込んでいるのだが、細かいところで忘れていることもある

それが蘇ってくるのは、何とも言えず良い


総じて感じることは、よくこれだけ書いてきたものだということだろうか

書いている時はそんなことは気にもかけず、全身で打ち込んでいた

まさに、頭と体を動員しての作業であった

また、パリやトゥールの町と対峙するように、あるいはその空気を十分に吸い込みながら書いていたことを思い出す

その意味では、あの環境が目に見えない形で、考えることにも書くことにも影響を与えていたはずである

あの時期でなければ生まれなかったエッセイ群ということになる


それともう一つ感じたのは、このエッセイを書いている間に、自らの思想というか、考え方の軸というものが固まってきたのではないかということだろうか

当初、いずれそういう時が来るのではないかとぼんやり思ってはいたが、明確に意識したものではなかった

フランスに渡って10年ほどは、思考するとはどういうことなのか、どのような問題について考えていくべきなのかについて、過去人の遺したものを参照しながら探っていた

いわば、沈潜の時代である

フランスでの時間をこのようなことをやるためのものであると捉えてはいたが、どれだけかかるのかは分からなかった

結果的にこれだけの時が流れたということになる

そしてその後は、それまでに蓄積されたものを解きほぐして外に出す時期に入っているようである

2018年2019年と訳書を出した後、2022年2023年には自著を出し、今年は2013年の英語版を刊行することができた

これも意図したことではなく、何かに導かれるように歩んできた結果である

これからもこのような時期が続くような予感がしている


今日はこのところの習慣から話が膨らみ、フランスに渡ってからここまでの17年を振り返ることになった

今年はこれまでにない振り返りモードの中にいる












2024年12月27日金曜日

2024年を振り返って
















今年も一年を振り返る時が来たようだ

昨年から年初に「今年のプロジェ」なるものを一切考えないことにした

年の初めの一瞬の自分に1年が縛られることがなくなったので、その時その時を自由に考えて生きることができるようになっている

そのため、想像もできなかったようなことが起こる驚きに満ちた一年となった

以下、具体的に振り返ってみたい


1)Immunity: From Science to Philosophy(CRC Press)の刊行

この本は昨年出した『免疫から哲学としての科学へ』(みすず書房、2023)の英語版になる。昨年末にRouteledgeとの契約が成立したので今年の初めから作業に入っていたが、5月には基本的なところは終わり、8月5日に刊行となった。これで免疫に関するプロジェの第一段階が終わったことになる。この本は免疫の全体について哲学的、歴史的視座から論じているので、一つの文化的成果になるのではないかと考えている。


2)パリ訪問とこれからの構想

今年も5月から6月にかけてパリを訪問することができた。昨年の滞在は免疫論の英訳や出版社との交渉に明け暮れていたが、今年は Immunity のゲラも5月中には手を離れていたので白紙の状態でこれからについて思いを馳せることができた。また、アパルトマンがペール・ラシェーズ墓地の近くだったこともあり、オーギュスト・コントの墓に花を添えることができたのは幸いであった。それから、上記免疫論でも取り上げたカンギレムに関連したいくつかの書籍にも手が伸びた。このようなことは日本ではあり得ないので、新しい刺激を受けたように感じている。帰国後、この滞在中に浮かんだアイディアが頭の中で蠢き、11月あたりまでプライオリティを決めることができなかった。しかしここに来て、カオスの中から一つの方向性が見えてきたようである。


3)就寝前の読書

実はこの習慣、振り返りを始める今月初めまで完全に忘れていたものである。調べると、昨年11月から今年のパリ訪問前あたりまで、就寝前の1時間ほど、寝室で立ったまま本を読むということをやっていた。これは想像以上のものを齎してくれた。その内容もそうだが、それに関連して翌朝の数時間が思考に使われることになり、充実していたようである。読んでいたのは本棚にあった、古在由重の『思想とは何か』、田中美知太郎の『生きることと考えること』、カール・ポパーの『開かれた社会とその敵』第1・2巻「プラトンの呪縛」(ブログでも取り上げた)、カッシーラーの『国家の神話』、藤田正勝の『日本哲学入門』、納富信留の『世界哲学のすすめ』、藤田正勝の『日本哲学史』など、日本人のものが多い。忘れていたこの習慣だが、振り返りを始めた今月から蘇っている。


4)サイファイカフェ/フォーラムの開催

これまでは春秋の年2回開催だったが、今年は夏にもサイファイフォーラムFPSSを開くことにした。具体的には、以下のようなプログラムで行った。いずれの会も充実した議論が展開し、わたし自身も多くの発見があった。参加された皆様には改めて感謝したい。

春のカフェ/フォーラム

◉ 2024年3月6日(水)

第9回ベルクソンカフェ

テーマ: J・F・マッテイの『古代思想』を読む(2)エンペドクレスとヘラクレイトス

◉ 2024年3月9日(土)

第10回サイファイフォーラムFPSS

 ① 矢倉英隆 シリーズ「科学と哲学」④ ソクラテス以前の哲学者-4 アナクサゴラス

 ② 木村俊範 日本のテクノロジーには哲学が無かったのか、置き忘れたのか? 一テクノロジストの疑問 <第9回発表のディスカッション・セッション>

 ③ 佐賀徹雄 社会のための科学について考えること――元工学研究者の問い

◉ 2024年3月12日(火)

第11回カフェフィロ PAWL

テーマ: スピノザと共に「知性改善」を考える

◉ 2024年3月14日(木)

第18回サイファイカフェSHE

テーマ: 意識研究では何が問題になっているのか

◉ 2024年4月6日(土)

第11回サイファイカフェSHE 札幌

テーマ: プラトン哲学からものの見方、生き方を考える

夏のフォーラム

◉ 2024年7月13日(土)

第11回サイファイフォーラムFPSS

 ① 矢倉英隆 シリーズ「科学と哲学」⑤ ソクラテス以前の哲学者-5 デモクリトス

 ② 伊藤明子 目的論と科学――カントの有機体論が開いた視座

 ③ 林 洋輔 学問と「終極」の狭間をめぐる討議――体育哲学からの考察――

秋のカフェ/フォーラム

◉ 2024年10月19日(土)

第12回サイファイカフェSHE 札幌

テーマ: 最初の形而上学者パルメニデス

◉ 2024年11月5日(火)

第10回ベルクソンカフェ

テーマ: J・F・マッテイの『古代思想』を読む(3)パルメニデス

◉ 2024年11月9日(土)

第12回サイファイフォーラムFPSS

 ① 矢倉英隆 シリーズ「科学と哲学」⑥ 科学の創始者としてのプラトン

 ② 矢倉英隆  マルセル・コンシュの哲学(代替演題)

 ③ 阿戸 学 日本の背骨としての仏教思想

◉ 2024年11月15日(金)

第19回サイファイカフェSHE

テーマ: シリーズ『免疫から哲学としての科学へ』を読む(1)免疫のメカニズムが見えてくるまで


5)ISHEメンバーの設置

最近のカフェ/フォーラムにおける特徴の一つに、参加者との相互作用から新しい方向性が見えてくることが挙げられる。サイファイ研究所 ISHEと緩やかな関係を結ぶ立場を設けては、という提案を受けて「ISHEメンバー」を設置することにしたのは、その一例である。その他、カフェ/フォーラムのテーマなどについても希望が出されるようになっている。拙著『免疫から哲学としての科学』の読書会を開くなどはその一例だが、もう一つの著書『免疫学者のパリ心景』についても同様の要望が届いている。ISHE創立10周年の挨拶の中でも触れたが、これからは広げることと併せて深めることをやっていきたいという方向性にも合致するので歓迎したい。今後の更なる展開にも期待したいものである。


6)マルセル・コンシュ『形而上学』の翻訳

現代フランスを代表する哲学者の一人にマルセル・コンシュ(1922-2022)がいる。しかしながら、なぜか日本では知られていない。彼は2006年にわたしの前に現れたのだが、それ以降も日本で話題になることはなかった。未だにネット検索で出てくるのは、ほとんどがわたしのブログ記事という状況が続いている。18年経ってもこの状況なので、彼の著作の翻訳を考えるようになった。選んだのは2012年刊の『形而上学』(Métaphysique)。日本ではほとんど知られていない人の著作になるので、出版社を見つけるのはかなり難しいと思われるが、最後までやる予定である。進捗状況についてはこちらに記録することにした。


7)今年1年の記録を読み返す

いつからかは分からないその昔から一日の記録を書き残しているが、これまで一年の全体を通して読み直すことはなかった。書きっぱなしの状態と言ってもよいだろう。プロジェが動いている時には、なかなかそんな気にはならなかった。今月初め、暇を持て余している時、このアイディアが浮かんだ。実はこれまで何度も考えたことはあったのだが、遂に実行されることはなかった。今回、無理をしないで1日ひと月のペースで進め、10月までを終えることができた。記述の中にはすでに自分の中に沁み込んでいるものだけではなく、忘れていた重要なこともあった。このようなことは読み返しがなければ埋もれてしまっていた可能性が高いので、来年も考えてみたい試みである。








2024年12月25日水曜日

2025年春のカフェ/フォーラムの概略決まる


























来年春のカフェ/フォーラムの予定が以下のように決まりました

サイファイフォーラムFPSSのプログラムに関しては、決まり次第お知らせいたします

興味をお持ちの方の参加をお待ちしております


◉ 2025年3月4日(火) 
テーマ: マルセルコンシュの哲学
恵比寿カルフール B会議室


◉ 2025年3月6日(木) 
テーマ: 『免疫学者のパリ心景』を読む
ファシリテーター: 岩永勇二(医歯薬出版) 
恵比寿カルフール B会議室


◉ 2025年3月8日(土) 
第13回サイファイフォーラム FPSS 
プログラムは追ってお知らせいたします  
日仏会館 509会議室
 

◉ 2025年3月11日(火) 
テーマ: マルセルコンシュの哲学 
恵比寿カルフール B会議室
 

◉ 2025年3月14日(金) 
テーマ: 『免疫から哲学としての科学へ』の第2章を読む 
恵比寿カルフール B会議室 
 

◉ 2025年4月12日(土) 
テーマ: 『免疫から哲学としての科学へ』の第1章を読む 
京王プレリアホテル札幌 会議室










2024年12月23日月曜日

ON/OFFの分離から絶えざるONへ
















フランスに渡って4-5年経った頃だろうか、自分の内的状態の変化について気づいたことがある

それは、何事があっても平静な状態でいられるようになったということである

仕事をしている時には、なかなかそうはいかなかった

この大きな変化は、瞑想的な生活をしているためではないかとすぐに分かった

ここで言う瞑想的な生活とは、常に自分と共に在るという感覚の中にいることである

この状態をONとすれば、仕事をしている時にはONとOFFがはっきり分かれていた、あるいは分けていたようである

それが瞑想生活で変わったということになる

今日、その状態を別の言葉で形容していた

現在の状態は、その振幅は小さいながらも常にONになっているということであった

目覚めている時は、意識が常に自分と共に在る(常に覚醒している)とでも言えばよいのだろうか

恰も、バックグラウンドノイズのように


バックグラウンドノイズと言えば、拙著『免疫から哲学としての科学へ』の第2章でも取り上げている

この場合、常に何らかの刺激が入っている状態を指していて、意識とは必ずしも関係ないのだが、、

フランスの哲学者ミシェル・セールによれば、バックグラウンドノイズは生命の基盤を構成しているという

そのようなノイズには、新しいものを生み出す力があるとも言っている

創造性は生物が持つ特徴でもあるので、そこにノイズも寄与していることになるのだろうか







2024年12月20日金曜日

10月を振り返り、時を超える仕事を考える






























 Karl Jaspers (1883–1969) 




今日は10月の記録を読んでいた

中に、Youtube(出典の記録はなかった)で見たヤスパースについて、次のようなコメントが残っていた

かなりの批判精神の持主であったようだ
目標をしっかり持ち、自分の求めるものに向かって不遇の時代にも自らの哲学に打ち込んだ
ハイデルベルクの哲学教室を主宰していたハインリヒ・リッケルトは、彼のことを医者崩れの哲学者と評していたようだ
それに対しヤスパースの方は、リッケルトをマックス・ヴェーバーの注釈にしか出てこなくなるような人物だと見なしていたという
ヤスパースは、歴史の流れの中で現在の仕事を考えていたことが分かる
このことは、今、何者かであろうとして仕事をするのではなく、時の流れを超えた視座から、自ら求めるところを探求することが重要になることを示唆しているのではないか


10月もいろいろなことに手を出していて、定まりがなかった

このように日替わりで変わることは、これまでにはなかったのではないだろうか

免疫についての思索の跡を日英で発表したことが、大きな区切りになっていたことを想像させる

一つのことをやれば、これは違うのではないかと思い、別のことを始めれば、これも違うと言って他に移っていくといったことの繰り返しであった

ただ、この数カ月の全体を振り返っている時、そこでやっていたいずれもが無駄ではなかったように見えてきた

言葉を換えれば、この間に手を出していたプロジェなるものは、どこかで自分に触れるところがあるものだが、今はその時ではないということである

つまり、将来、それぞれについての「その時」が来るかもしれないということを含意している

そう考えると、希望のようなものが湧いてくる

何をやっていても、しっかりやっていれば、その試みは無駄ではないということなのだろうか

これからを観察したい



そして、10月下旬には秋のカフェ/フォーラムシリーズが札幌で始まり、パルメニデスについて論じ合った

その後は、11月に開催予定の東京での会の準備に追われていた

1年の記録を読むという初めての試みは、それなりの効果をもたらしてくれた

次は来年のお楽しみとしたい









2024年12月19日木曜日

9月を振り返り、春のカフェ/フォーラムを計画する
















今日も今年の記録を読んでいた

9月は比較的近いところなので、特に驚くことはなかった

相変わらず迷いの中にあり、いろいろなところに手を出す毎日が続いていた

今に近いところを読んでいると、主観的には盛り上がっていたはずなのだが、実に単調な日々を送っていると感じる

客観的に見ることにも問題がありそうだ


午後からは、日課と来年春のカフェ/フォーラムの献立作成に当たっていた

若干の進展があったのは幸いであった






2024年12月18日水曜日

8月の記録を読む















今日の午前中は、8月の記録を読んでいた

8月もプロジェの模索中

内的にはカオス状態にあるために、かなりの動きがあったのではないだろうか

それなりの暑さで嫌になりながらも、いろいろなものの翻訳を続けていた

まだプロジェが熟していないので、暇つぶしにやっていた感もある


数百年の間、氷の下で生きる亀のニュースのメモがあった

彼らは体を動かさないので、代謝が低く、心臓も1分間に4-5回しか働かないという

瞑想の中にある自らの姿と重ねるコメントが残されていた


今日の午後もこのところの日課に当たることになる

変わり映えのしない一日ということだろうか







2024年12月17日火曜日

7月の記録を読む



















今日の午前中は、7月の記録を読んでいた

7月の前半はフランスの疲れが残っていたようだ

そんな中、今年初めて夏のフォーラムを開催

そのフォーラムで、サイファイ研究所ISHEにアフィリエイトする立場を設けてはどうかという提案をいただいた

最近発表した「メンバー」が生まれる切っ掛けとなったものだが、どのようにするのがよいのかを考えていた

それから、フランスで買った小説を訳したりしていた

この時期はプロジェの面から見ると混沌としていたようで、ほとんど実のあることをやっていなかったように見える


今日、振り返りの過程で、ISHEサイトのリンクが機能しなくなっているのを発見

その昔、データをストアしていたところが店仕舞いをしたのが原因であった

新たにストアし直し、リンクできるようにした

いろいろなものが動いている時には、このような作業には目が向かわない

今日はその気になってよかった

お陰さまでスッキリしたようだ


午後からはいつものように日課に当たっていた







2024年12月16日月曜日

6月を振り返る





















今日の午前中も今年の記録を読み直していた

今日は6月分で、ほとんどがパリ生活に関するものであった

このように記録としてみると、特筆すべきことはやっていない

ごく普通の日常で、普通のひと月が過ぎているという感じである

そこに身を置いていると、主観的な受け止めには違いが出てくるので、それを求めてのパリ訪問でもあったのだが、、


アパルトマンがペール・ラシェーズ墓地に近かったので、月の初めにはその中をよく散策していた

オーギュスト・コントの墓詣をしたことはこのブログでも触れた

いろいろなリブレリーを巡ったが、今回はカンギレム関連の本に目が留まった

カンギレムがわたしのそもそもフランス滞在と直接結びついていることは、いろいろなところに書いてきた

もう18年ほど前になるが、フランスに渡る前に彼の著作を取り寄せて読んでみた

しかし、全く面白いと思わなかった

ただ、フランスの哲学環境に入れば、その受け止めは変わってくると確信していた

その根拠がどこにあったのか、未だに分からない

はっきり言えることは、科学研究と科学の哲学はわたしの中では全く接点がなかったということである

そして、科学研究から離れることにより、興味が向かう範囲が大きく変わってきたのである


何のつながりで見つけたのか分からないが、免疫と主体性と栄養について研究している人がわたしの仕事を引用していることに驚いていた

もう一人一緒に引用されていたのが、拙著 Immunity でスピノザとの関連についてコメントを頂いた方だったことにも因縁を感じていた

このことはすっかり忘れていたので、振り返りの効用と言えるだろう

その関連本を注文したところである


それとは別に、当時は今考えるようになったプロジェとは異なるものを追っていたことも分かった

夏から秋にかけていろいろ模索していたのは覚えているので、さもありなんという感じである








2024年12月15日日曜日

5月を振り返って
















 Carl Jacob Burckhardt (1891–1974) 



今日の午前中は、5月の記録を読み直していた

この月も Immunity の校正や索引づくりに追われていた

この間、パリメモを読んだり、Evan Thompson (1962-) の Mind in Life (2010) を読んだりしていた

パリメモは15-6年前のものだったので、出てくる出来事のことは覚えているが、細かいところの記憶は薄れていた

振り返れば、科学の領域にいる時、これほど前のことを調べようなどと思ったことはあるだろうか

その点だけとっても、パリ生活はわたしにとって特別なものだったことが分かる

このような記憶の薄れが起こっていることについて、理由が考察されているところがあった

2022年、2023年、そして今年と、パリ生活をもとにした著作をまとめることができた

そのため、パリメモにある世界との緊張関係が緩んできたのではないかというものだ

これまでは、できないまでもパリメモを読み返さなければならないという強迫観念のようなものがあった

しかし最近では、第三者が書いたものがそこにあるという受け止めになってきている

それは時の流れということなのか、あるいは同時に、どこかへの旅立ちの時であることを意味しているのだろうか

5月の記録を読み返していて、その萌芽が見られるようにも思った


それから、どこで拾ってきたのか、スイスの歴史家ヤーコプ・ブルクハルト(1891–1974)という馴染みのない名前がメモされていた

早速ウィキに行って経歴を読み、次のような言葉に反応していたことが分かった

● 1846年に教職をなげうって「人間となるため」ローマへ行き、

● ニーチェは他への書簡でも「この隠者のように人と離れて生活している思想家」について尊敬の念をあらわし、 

● 「直観から出発することができない場合、私はなにもしない」

● 彼の情熱は芸術と学問の歴史、「選ばれたもの」「偉大なもの」に向けられ・・・卑俗なもの、打算を軽蔑していた

● ヘーゲルを嫌悪し、歴史哲学には関心がなく、体系を造る者ではなく、あまりにも個性的であったので学派も形成しない


Charles Taylor (1931–) が 92歳にして Cosmic Connections: Poetry in the Age of Disenchantment (Belknap) という魅力的なタイトルの大著を出した、というメモもあった 

そして、5月下旬にはパリに向かった

今回は、翻訳を抱えていた昨年とは違い、手ぶらで行って、パリの空気に身を晒しながら考える方が面白いのではないかと考えて


ところで昨日は、引用元を探すために図書館へ

すぐに見つかるかと思ったが、本の中で最も長い章で150ページほどあったので一苦労する

見つけた時は、お前さんここにいたのか、という感じでスッキリした

この感覚は、この領域に入った当初からあったもので、何とも言えないものがある


車を運転中に懐かしい歌声が流れてきた

その昔聞いた声という意味だが、歌声に懐かしさがあるとも言えそうだ

全く肩に力が入っていないさりげない歌い方なのだが、遠くに広がる景色が見えるようである

その時の曲とは違うが、一曲聞いておきたい










2024年12月13日金曜日

4月の記録を読む


















 Johann Gottfried von Herder (17441803)



今年の記録を読み直しているが、4月は、8月に刊行予定の Immunity のゲラ校正や、それに伴ういろいろな人とのやり取りに追われていた

そんな中、新しいプロジェが浮かび、構想を展開している様子が書かれているところがあった

しかし、このプロジェはその後どこかに行ってしまい、現在の記憶には残っていない

この際、改めて取り上げることにした


もう記憶の彼方だが、マーガレット・マクドナルド(Margaret Macdonald, 1903-1956)というイギリスの女性哲学者についてのエッセイを読んでいた

バートランド・ラッセル(1872-1970)のように、哲学理論は科学と同じでなければならないと考える人たちがいる

しかし、マクドナルドは彼らとは異なり、哲学は新しい事実を提示するのではなく、これまであったものに新しい光を与えることであると考えていたという

共感するところ大である

『免疫から哲学としての科学へ』も、免疫についての新しい事実を明らかにしたのではなく、これまで明らかになっていたことについて新しい解釈を加えたものである


デカルトの « lavartus prodeo »(わたしはマスクをして前に進む)と自分のスタイルとに共通するところがあるという記述があった

これは、真理の追及に邪魔になることは避けて進むのだが、人との交流をシャットダウンすることを意味しない

免疫学者のパリ心景』でも触れているように、この道に入る前から « lavartus prodeo » のようにやりたいと思っていたのである


ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー(1744-1803)の『人類歴史哲学考』が刊行された

このような著作は「壮大で遠大な」構想の下に書かれていることを想像させる

ヘルダーと交流のあったゲーテ(1749-1832)は、次のような言葉を残している(『詩と真実』、第2部、第10章)

このような精神のうちに、いかなる動きがあったか、このような資性のうちに、いかなる醗酵があったのかは、到底とらえることも述べることもできるものではない。しかし、彼がのちに多年にわたってつとめ、なしとげたことを考えてみるとき、彼のひそかな努力が非常なものであったことは、容易に察せられるのである。(山崎章甫訳)

「壮大なもの」に惹かれることが多くなっているため、反応したものと思われる


フィリップ・ゴフ(Philip Goff)の Galileo's Error を途中まで読んでいたようだ

大昔に感じられる頃のことなのだが、そう言われてみれば思い出す

一般向けの本なので、説明がやや諄く感じられるとある

そこまでやらないと、多くの人には通じないということなのか

年内に残りを読むことはできるだろうか







2024年12月12日木曜日

マルセル・コンシュの『形而上学』を訳し始める

















  Marcel Conche © Philosophie Magazine



2006年にその存在を知った現代フランスの哲学者マルセル・コンシュ(1922-2022)の『形而上学』を訳すことにした

先月の第12回サイファイフォーラムFPSSでコンシュ哲学について触れて以来その意識が強くなり、始めることにした

一つには、未だにコンシュの著作が日本では知られていないことがあった

この18年の間、専門家の方が訳されるのではないかと思っていたのだが、その気配がないため、浅学菲才を顧みず進めることにした

訳し終わるまでに、出版社が見つかるだろうか

日本ではほとんど無名の、哲学者の、形而上学を、出版しようとするのは、無謀なプロジェに見えるからである

今できることは、先のことは考えず、訳業に打ち込むことだけだろう


フライヤーとレジュメを作ったので、ご参考までに以下に貼り付けておきたい

フライヤー

レジュメ






 

2024年12月10日火曜日

ファイルをひっくり返し、3月の記録を読む


























今日の午前中は、空を眺めながら紫煙を燻らせていた

すると、パリでは毎日のように見ていた空が現れ、急いでカメラに収めたのが今日の写真となった

このブログのヘッダーの写真のような空、と言えばよいだろうか



このところの読み直し作業の影響か、昨夜は寝る前に、寝室に転がっている昔のファイルをひっくり返した

「医学のあゆみ」にエッセイを連載していた当時のものもあり、懐かしく斜め読みする

さらに今に繋がるものも出てきて、精神が澄み渡るというか、活性化するように感じられた

この効果は以前から知っているのだが、なかなかそれを実行することにはならなかった

今の精神状態がそこに導いたのだろう



ところで、ここ4-5年の毎年の記録を見たところ、ワードで800ページを下回るものはない

よく書いてきたものである

今日は3月の様子を振り返ることにした

3月は春のカフェ/フォーラム開催で、関連の記述が少なくなかった

このように一つのシリーズ全体を見直すことはこれまでになかったのではないだろうか


また、この月には Immunity の表紙デザインが届いてやや興奮していた

自分の持っていたイメージと全く異なり、教科書のような表紙だったからだろうか

一つのテーマでも、人によって抱くイメージがこれだけ違うということを再確認した


3月の記録にも、すっかり忘れていた重要なテーマが埋もれていた

これも拾い上げて、プロジェの全体をリオーガナイズすることになった

貴重な再発見であった


その他、いくつか反応した言葉が記されていた

その一つは、イギリスの俳優アンソニー・ホプキンスの次の言葉であった
「すべてはイリュージョンである」

どこで拾ってきたのか書かれていないので、どういう意味で言っているのか分からない

この世界あるいは人間の生は幻想であるという見方は、古くからあるのではないだろうか

天空に身を置く者から見れば、それはおそらく外れていないようにも見える

そうだとすれば、そこに意味などないというところに行きそうだが、わたしはその立場を採らない

その意味を探ることこそ、この人生の意味であると考えるからである

という記述まであった


 









2024年12月9日月曜日

2月の記録を読む


















 西 周(18291897)



今日は2月の記録に目を通した

当時思い描いていたプロジェがいくつかあったことを思い出す

今すぐの記憶領域には入っていなかったものだ

やや遠くの領域に入っていたものが蘇ってくるという点で、このような作業にも意味がありそうである

これからそれらも考えながら歩むことになるだろう


また、2月の中旬になると春の足音が聞こえてくるというような記述があった

こういうのを見ると、もう少しの辛抱だと思い、少し元気になってくる


こういうのもあった

西周オーギュスト・コントの3段階の法則をもとに、第3の実理の段階が重要だと考えていた

わたしがフランスでの哲学の道を歩む上で重要だったのもコントの3段階の法則であったことを考えると、感慨深いものがある

ただ、わたしの場合は西周とは異なり、第3段階に第1段階や第2段階を取り込んだ第4段階に進むべきだというのが主張なのだが、、

西周の時代からかなり時が流れているが、世の中の認識にあまり変化はないように見えるのはわたしだけだろうか







2024年12月6日金曜日

今年の記録を読み直す




















今日は寒さのために動き出す気にならず、暇を持て余していた

その時、1年の記録を読み直しては、というアイディアが浮かんだ

いつから始めたのかも思い出さない日課ではあるが、それを読み返すということをしたことはなかった

そういう考えが浮かんだことは何度もあるのだが、動きの中にある時にはなかなかその時間は持てなかった

今日はその条件がクリアされたのか、1月分を読むことができた

年初の心持ちや当時やっていたことを思い出した

現在のものとは異なっているので、軽い驚きもあった

記述の中には参考になることもあり、記憶に留めるためにプリントアウトしておいた

2月以降についても読み返したいものである

この1年が違って見えてくるかもしれないからである







2024年12月3日火曜日

サイファイ研究所 ISHE のメンバーという存在




















今年の夏のフォーラムで、サイファイ研 ISHE と緩やかなつながりを持つ立場を設けてはどうかという提案を参加者からいただいた

そしてこの秋、どのように具体化するのかを考えていた

最終的には「メンバー」という立場を設けることにした

その基準として、これからの活動に参加される可能性が高い方になっていただくことを考えた

具体的には、コロナ明けからカフェ/フォーラムに参加された方を中心にして、それ以前に参加された方の中でメンバーになることを希望される方を加えることにした

調整の結果、各サイトにリンクを張ったような結果となり、昨日、これまでカフェ/フォーラムに参加された皆様に連絡したところである

 サイファイ研 ISHE サイトに掲載されたメンバーリストはこちらから

現在60名を数えるメンバーであるが、このリストは固定されたものではなく、今後カフェ/フォーラムに参加される方にも順次加わっていただく予定である

もちろん、メンバーになることによって義務が生じることはない

このようなシステムがどのような影響を及ぼすのか、長い目で観察していきたいものである








2024年12月2日月曜日

来年春のカフェ/フォーラムの日程決まる



























来年春のカフェ/フォーラムの日程と会場が決まりましたので、お知らせいたします

テーマ/プログラムに関しては、明らかになり次第公開する予定です



◉ 2025年3月4日(火)+ 3月11日(火)
第11回ベルクソンカフェ①+②
恵比寿カルフール B会議室

 参加者からの提案を受けて、今回は試みに2回開催として様子を見ることにいたします
 1日だけの参加でも問題はありません
 振り返れば、BCの当初の形は2日開催でした


◉ 2025年3月6日(木)
第12回カフェフィロ PAWL
恵比寿カルフール B会議室


◉ 2025年3月8日(土)
第13回サイファイフォーラムFPSS
日仏会館 509会議室

 今回から新しい会場になりますので、ご注意を!


◉ 2025年3月14日(金)
第20回サイファイカフェSHE
テーマ: 『免疫から哲学としての科学へ』の第2章を読む
恵比寿カルフール B会議室


◉ 2025年4月12日(土)
第13回サイファイカフェSHE 札幌
テーマ: 『免疫から哲学としての科学へ』の第1章 を読む
京王プレリアホテル札幌 会議室

 参加者からの提案を受けて、札幌でも拙著の読書会を開催することにいたしました










2024年12月1日日曜日

ギアを入れ替える一日

























今年最後のひと月が始まった

今日は新しい道への第一歩となるギアを入れ替えるような一日となった

ひと月といえども非常に長いので、何が起こるかわからない

一日といえども朝には想像もできなかったような終わりが待っている

それだけ面白いということになるのだが、、、


夜は、今年の整理のようなことをやっていた

まだ手を付けたばかりという状態だが、、

それにしても、今年の初めや前半のことは遥か彼方に去ってしまったように感じられる

それは、この5-6月にパリに行ったことが現実だとは思えないというレベルである

時間の感覚の変化は実に興味深い

哲学のテーマになるのがよく分かる