2023年4月15日土曜日

「ミーニングフルネス」とは(1)

































スーザン・ウォルフ(1952- )というノースカロライナ大学の哲学教授が書いた本が届いた

『人生における意味とそれが重要な理由』

この本でミーニングフルネス(meaningfulness)という概念を提唱したいようだ

マインドフルネスという言葉は広まっているが、ミーニングフルネスという言葉にはまだ出会ったことがない

人生において深い意味を持つ状態とは何を言っているのだろうか

そのあたりを理解したい


著者はまず、行動を選択する際に人間が考える基準として、これまで2つの流れがあったとする

一つは自分の利益のため、もう一つは自己利益に加えて、個人を超えたより高いところからの視点もあるとする二元論である

後者には、正義とか道徳などの視点が考えられる

しかしこれらの考え方には、他の多くの動機が除外されていると著者は主張する

それは幸福とも道徳とも異なり、人生を前に進める力を持つもののことである

例えば、家族を喜ばせるとか、庭の草むしりをするとか、頭を絞って哲学書を書くとか、チェロを弾くとか、、

これらを著者は「愛の理由」と呼んでいる


ミーニングフルネスという言葉は、大学の哲学者はあまり使わない

寧ろ、神学者とか心理学者(心理療法士)によって使われているという

意味(ミーニング)という言葉は、人生が空虚に感じられたり、他の人が充実した人生を送っているように見える時に浮かんでくる

あるいは、死を意識したり、死の床にいる場合にもこの言葉が現れるようだ

ミーニングフルネスという言葉を、愛するに値する対象を積極的に愛することから生まれるものと理解したいと著者は言う

あるいは、その人の人生が愛するに値するものを深く愛するが故に、心が鷲掴みにされ、わくわくしている状態を指す

同じ愛すると言っても、煙草を吸い過ぎたり、ゲームをし過ぎたりするのは価値がないと著者は考えている


アリストテレス(384 BC-322 BC)は道徳的主張をする際に「エンドクサの手法」を用いたことでも有名である

エンドクサ(endoxa)とは、多くの人に受け入れられているもの・ことのことで、彼の探究の出発点になった

一つの見方が広く認められていることに合致するのか、他の見方とうまく調和するのかを判断の基準にしたのである


意味のある人生に関して、これまでに広く言われている2つの見方がある

一つは、それが自分に期待されているからとか、一般に良いと言われているからという考えから離れ、自分の好きなことを追究しなさいという見方

もう一つは、真に充実した人生を送るためにはそれでは駄目で、自分より大きな何か、自分を超える何かに関わりなさいという見方である

著者が考えるミーニングフルネスは、この両者を融合したようなものではないかという

自分の人生に意味があると感じるためには、主観的な側面と客観的な側面が必要なのではないかと考えているからだろう

これからミーニングフルネスのより哲学的な定義をするのではなく、その構成要素、そこにある具体的な価値を明らかにしていくようだ












2023年4月14日金曜日

制御性T細胞の研究史を読む





免疫反応を抑制する細胞として制御性T細胞(Tレグ)がある

その発見者坂口志文氏からご著書『免疫の守護者 制御性T細胞とはなにか』の献本を受けた

おそらく文体のせいだと思うが、一気に読み終えた

見ると、ジャーナリストが絡んでいる

忙しい現代人にはこれでないと受け入れられないということなのだろうか

事実を追うことができれば、最後まで行くことになる


そこで気付いたのは、Tレグが定義されるまでの過程は科学の王道である仮説演繹法が徹底されているということである

学生時代に自己と非自己の謎に興味を持ち、免疫寛容のメカニズムを明らかにしたいという願望を持ち続けた

Tレグの研究は無視された時期もあったようだが、数十年をかけて結実する

その過程を見ていると拙著『免疫から哲学としての科学』でも取り上げたハンス・セリエ(1907-1982)の人生を思い出した

セリエの場合も学生時代に観察した患者さんの症状を「ストレス」という概念で説明できるのではないかという考えに長い時間かけて到達している

Tレグに関しては、これから人間の治療に向かうようなので、なかなか大変ではないかと想像されるが、更なる発展を期待したい










2023年4月12日水曜日

「パリから見えるこの世界」を英語にして読み返す

































『医学のあゆみ』誌に連載していたエッセイ「パリから見えるこの世界」(2012-2022)を折に触れて読み返すことにした

その際、英語に翻訳する作業も加えて

別の側面が見えてくるのではないかと期待してのことである

そろそろ細かいところが記憶から消えて始めているので、丁度良いのではないかとの思いもあった

この場合の「記憶から消える」ということだが、書いたことは記憶の倉庫には在るのだが、意識の表層からは退いているため、すぐには引き出せないという意味である

読んでいくとそれらのほとんどは見事に蘇ってくるので、記憶装置は機能しているとみてよいだろう

それは驚くべきことである

エッセイのすべてをこのようにして読み終えるには、2-3年はかかるのではないだろうか

その膨大な蓄積にも目を見張る

このような作業は、井筒俊彦の「自己」に近づき、「自己」を引き寄せるためにも有効になるのではないだろうか

そんな気がしている

いずれにせよ、他のプロジェの息抜きとして機能してくれるとありがたいという思いである











2023年4月10日月曜日

井筒俊彦の自我と自己、あるいはわたしの「意識の3層構造」















7年ほど前のメモを読んでいる時、井筒俊彦(1914-1993)についてのコメントを見つけ、一昨日とのつながりを感じる

メモを読んで感じたのは、かなりの部分を忘れているということであった

そんな前に名前が出ていたことに少し驚いたのである

そこにあったのは、以下のようなことであった

「自我」とは実存する人間の表層活動の中心で、「自己」は通常意識されることのない無意識の領域まで含めた人間の存在全体の中心とされており、「人間内部で働く宇宙的生命の創造的エネルギーの原点」である


自我と自己を区別している

わたし流に解釈すれば(井筒の解釈と同じであるという保証はないが)、次のようになるだろうか

「自我」とは意識の表層にあるもので、「自己」とはより深層にあり、その人間全体を動かしている原点にあるものである

わたしの意識の3層構造で言えば、自我とは第1層で動いている意識で、自己は第3層に及ぶ意識となるだろう

井筒の場合、自己の中に無意識の領域も含めている

わたしの場合、意識されているものを対象にしているが、敢えて無意識をこのモデルに入れるとすれば、第4層とすることができるかもしれない 


いずれにせよ、日常に追われている時にはほとんど自我しか働いていない可能性がある

井筒が見ていた現代の問題は、自我と自己の乖離であった

わたしの場合には、第1層に留まる思考に終始する現代人が第3層に至る思考を蔑ろにしているところに問題を見ている

これはわたしの考えだが、第3層に至る思考をし、あるいは自己に近づくためには、内的探検とも言える瞑想が有効になるだろう


思わぬところから、井筒との繋がりが見えてきた

もう少しご本人の声に耳を傾ける必要がありそうだ







2023年4月9日日曜日

科学における革新と理解と説明

































今年の1月、Nature誌に「論文や特許がどんどん革新的ではなくなっている」という論文が出た

過去のものとの乖離が少なくなっているというのである

過去60年の間に出た4,500万篇の論文、390万件の特許をCDという指数で解析した

CD指数とは、これまでの結果を確固たるものにしたのか(consolidating)、過去の結果とは断裂しているのか(disrupting)を示すものである

CからDの間が-1から1で表される

その結果を大雑把に言えば、程度の差はあるもののあらゆる分野においてCD指数が下がっているという

つまり、革新的な成果が出にくくなっているという結果である

著者らが使っているもう一つの指標は、論文や特許で使われている言語である

創造とか発見に関係する言葉が多いのか、改良や応用に関するものが多いのかという評価である

こちらでも同様の傾向が見られている

ただ、これは全体的な傾向で、画期的な成果は少ないながらもコンスタントに出ているという

つまり、新しい領域はまだ存在していると考えられる


このような革新性の低下の原因はどこにあるのだろうか

知識の増大に伴い科学者は対応が難しくなり、自分が馴染んでいる狭い範囲に留まることになる

リスキーなプロジェクトや長期的なプロジェクトには金が出ないので、その方がキャリアを築く上で有利に作用するからである

とすれば、科学政策にも問題があることになる

このような背景が革新的な成果を生み出すことを妨げているのではないかという



この論文が革新性を科学に求めていることに疑問を挟む人もいる

それは現在横行しているイデオロギーの中での議論になる可能性があるからである

科学とは何が何でも新規なものを求めるものではなく、説明し理解することを規範とすべきではないかという考えに基づく疑義である

それから数字による評価が行き過ぎると、スポーツ選手のドーピングのように、科学者の行いにも悪い影響が出てくるという

説明と理解の重要性については『免疫から哲学としての科学へ』においても触れている










2023年4月8日土曜日

井筒俊彦によるプラトンの神秘主義と「科学の形而上学化」
























今日は打って変わって晴れ上がってくれた

プラトン(427 BC-347 BC)の『饗宴』をざっと読み終え、井筒俊彦(1914-1993)による『神秘哲学』所収のプラトンをパラパラとやっている時、驚きの発見をした

この作品は1949年に刊行されたもののようで、わたしには固く感じられた

ただ、そこで言われていることは、非常によく入ってきた


まず、常識的人間の認識は、直接目で見て触れられる感性的事物の世界のみを唯一の現実とする

超越的イデアの世界は灰色の抽象的世界で、頭の中にある生気ないものとしか考えられない

対象の抽象性、普遍性が増すほど主体からは遠ざかるように見えるが、それは主体の目が曇っているからである

それに対して存在的見地からすれば、対象は益々具体的になるという

それこそ、ソクラテス以前の哲学者が「一者」「存在」あるいは「神」と呼び、プラトンが「善のイデア」と呼ぶ全的な存在である

プラトン神秘主義の根本的なミッションは、感性的世界に留まる日常的人間を、普遍的なものが見える状態を変えることである

あるいは、人間霊魂を可視的なる世界から不可視的な叡智界に転換させることだという

その結果、そこにある全体的真理を具体的に見徹する人にならなければならない


この道は、転変無常の感性界から永劫不変の超越界へ昇る向上道(アナバシス)である

しかしここで終わっては駄目で、そこから反転して再び現象界に戻り万人のために奉仕する向下道(カタバシス)を下らなければならない

相対的世界をイデア化するために尽くす義務がある

神秘主義が成功するか否かは、この後半の成果によるのである

テオリアの後にプラクシスが求められるのである


その際に重要になることを、有名な「洞窟の比喩」を出して説明する

洞窟に繋がれ、影の世界を見ている人は、それが唯一の現実だと信じている

その囚人を解き放ち、外の世界に向かわせると最初は戸惑うが、やがて影で見ていた感性的世界の真の姿を理解するようになる

これがアナバシスの過程である

この過程で重要なのは、鎖を解かれた後、体全体の向きをぐるっと変えなければならないことである

全人的方向転換、人間精神の全的向き替え、すなわち「回心」がなければならないのである

プラトンによれば、人間には超越的存在を見ることができる「霊魂の眼」が具わっており、それを本来の対象に向けることが欠かせないという

この「神秘主義的回心」がイデア体験の必須条件であることを意味している

アナバシスで究極の「善のイデア」に到達し、限りなく神に近いところに至ることはできるが、それ以上は昇れない

高みで一人「一者」の観照に耽るのではなく、そこから世人のために尽くすことによってのみ神秘主義の究極の目的が達成されるのである

しかし、西洋神秘主義はプラトンに背き、往きて還らぬ道になったというのが井筒の見立てである



プラトンのミスティークの道を読んだ時、わたしが唱える「科学の形而上学化」のことが浮かんできた

最初に、抽象的で普遍的な世界への「回心」があった

それから、科学が明らかにした現象界の状況を掴んだ後、抽象的な概念の世界に入るというやり方を採った

これはプラトンの「アナバシス」に当たるだろう

そして、そこで何かを掴んだ後には普及の過程が待っていると考えた

免疫学者のパリ心景』や『免疫から哲学としての科学へ』の刊行も、カフェ/フォーラムの試みも、不十分ではあるが「カタバシス」の営みに入れることができそうである

こうして見ると、わたしの歩みは井筒の言う「プラトン的ミスティーク」への道と繋がっているような気がしてきた

今日の発見である










2023年4月7日金曜日

雨の日はリュートミュージック




昨日、今日と雨が続いている

こんな日はリュートの音色がしっくりくる

今朝はその音楽の中で時の流れを見つめている


昨日は静かに過去人の声に耳を傾けていた

プラトンの『饗宴』と拙著『免疫から哲学としての科学へ』の中でも引用したミシェル・セール(1930-2019)さんの『パラジット』(Le Parasite)である

繰り返し読んでいるとその都度発見がある

今日もその続きを読むことにしたい









2023年4月5日水曜日

思いがけない便り
























今日は思いがけない便りがフランスから届いた

新刊が出たとのお知らせであった

先日こちらから送った拙著刊行のお知らせに対する返答のようなものだろう

近いうちにお会いできないか、お尋ねのメールを送ったところである


また日本からも初めての方からのお便りが届いた

先日久し振りの予期せぬメールをいただいたイギリスの方の紹介であった

こちらは夏の終わりまでにはお会いできないかと思っている


今週から数年来のプロジェに取り掛かることにしたが、なかなか手につかない

今日やっと、下調べがまだ不十分であることが原因だと気づく

これはよく見られる症状だが、懲りずに突進しようとして逆に一歩も前に進めなくなったようだ

そう気付くと、逆にやることが増え、止まっているわけにはいかなくなる

心の持ち様とはこういうことを言うのだろう











2023年4月2日日曜日

FPSSとSHEに思いを馳せる

































一昨日、サイファイ・フォーラムFPSSにおける発表内容を文章として残すサイト(SPNL)を設けるというアイディアを提案した

幸いなことに、これまでに何名かからポジティブな反応が届いている

これでサイトは産声を上げることができそうである

賛同者に改めて感謝したい



夜、この春のカフェSHEで話題になったプラトンの『饗宴』を読み直す

今日のところは、冒頭の解説で終わった

英語版とフランス語版もあるので、余裕があれば読み比べることにしたい










2023年4月1日土曜日

クロノス症候群(Cronos syndrome)、あるいは Cronos と Chronos という神





今日、フランス語圏の情報の中で "syndrome de Cronos" という言葉を発見

少なくともわたしは「クロノス症候群」という言葉を日本語で耳にしたことがなかった

英語に行ってみると、"Cronos syndrome" という言葉は存在し、「置き換えられることの恐怖」という記事が出てきた

これは人間の職が人工知能や機械など置換されることへの不安や恐怖のことで、特に ChatGPT 以来広がっているという



ここで引き合いに出されているクロノスはギリシア神話の農耕の神とされる Cronos で、ローマではサトゥルヌス(サターン)と呼ばれる

神話によれば、クロノスは天空神のウラノス地母神ガイアの息子で、権力の座にいる父を排除するために鎌で父を去勢したという

その結果、自分が権力の座につくと、同じ目に遭うのではないかとの恐怖心から、生まれた子供を次々に飲み込んでいく

最後にクロノスの妻レアの機転を利かせた計画で子のゼウスは助かり、そのゼウスによってクロノスは滅ぼされた

父親と同じ運命に陥ったことになる

最近生れている現代人の心理状況がクロノスのそれと似ていると考える人たちがいたということだろう

ここに出てきたクロノスとよく混同されるのが時間の神のクロノス(Chronos)で、混同は昔からあったという

今日、はっきりとこの2つを区別できるようになった