The Sword of Damocles (1812) Richard Westall (1765–1836)
本日もボエティウス(480–524)の『哲学の慰め』から始めている
今日の部分では、わたしのテーマでもある「真の幸福」(beatitudo)について、哲学の女神が語っている
最高の幸福とは、それを獲得すれば、他には何も必要としない善、完全な状態であるという
そうではないのにそうだと思って追及する人がいる
その例が検討される
例えば、物が充足している状態、尊敬に値するものが手に入った状態、権力を手に入れるか、権力者とつながりを持った状態、その他に、名誉、快楽、貴族の身分、世間の人気、妻や子、身体の強壮などが出てくる
その上で、そのいずれもが最高の幸福(ベアティテュード)にはなりえないことが明かされる
この中に、過去の記憶を刺激する記述が出てきた
このやうにして王たちにとっては、必ずや [幸福より] 不幸の割合が多くなる。自らの地位の危険を体験した或る暴君は、王威にまつはる恐怖を、頭上にぶらさがつてゐる剱の恐怖になぞらへた。かくの如く、身を嚙むような不安を追い拂ひも得ず、又恐怖の刺を退けも得ないやうなものが、何の勢力であろう。(畠中尚志訳)
この件を読んだとき、このエピソードについて記事を書いたことを思い出したのだ
調べたところ、2番目のブログにその記事はあった
タイトルはそのものずばりの「« Epée de Damoclès » ダモクレスの剣」で、2009年9月27日のものであった
このような形で過去が蘇ってくるのは、いつも嬉しいものである
このエピソードの詳細は、上記リンクに当たっていただければ幸いである
その記事にあった「翳りゆく部屋」を聞きながら17年前を味わい直すことにした

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