本日は第17回のサイファイフォーラムFPSSが日仏会館で開催された
酷暑のなか、またお忙しいところ、多くの方にお集まりいただき、盛会のうちに終えることができた
議論もいつになく深まりを見せていたのではないかと思う
参加された皆様に改めて感謝したい
プログラムはすでにご案内の通りで、以下の話題が取り上げられた
(1) 矢倉英隆:シリーズ「科学と哲学」⑪ プラトン哲学と現代的課題
(2) 林洋輔:文化のエグゼルシス:概念からPerforming Arts、そしてSportへ
(3) 森 望:生命との対話:二つのライフヒストリー 〜遺伝子・脳・言語・AI・音楽〜
一番目の話題は、これまで5回に亘って触れてきたプラトン哲学の最終回に当たっていた
そこで選ばれたのは、現代の課題と演者が見ていることとプラトン哲学との関連、さらにそれに対する応答としての「科学の形而上学化」(MOS)をどのように見るのかという問題であった
真理に至るには、個別、具体に分け入るのがよいのか、それとは別の抽象度を上げ統合に向かうのがよいのかなど、根幹に触れる問題が議論された
二番目の発表の大きなテーマは、西洋哲学の始まりから哲学に関わるとされる"exercices spirituels" という言葉を日本語でどのように扱うのかであった
従来、「精神の修練」と訳されることが多かったようだが、演者はそこに疑義を差し挟み、"exercices spirituels" とはどのような活動なのかを分析するところから始める
そこから自ずと日本語が出てくるのではないかとの考えからである
そして、現段階では「修練」ではなく、「尽力」という訳語に至ったようである
この言葉に関しても、いろいろな意見が出されていたので、今後どのように展開するのか興味深い
そして最後の発表は、分子生物学と老化研究に打ち込んでこられた研究者によるもので、人生を感じさせる内容となっていた
これまでの研究の成果を振り返るだけではなく、その時々の内面をも省察するもので、印象深いものがあった
一つの結論めいたところとしては、DNAの構造が分かり、それがタンパクに変換される規則が明らかにされているので生命については論じることができる
しかし、精神に関しては、その基本的なところが分かっていないので、現時点で論じるのは無意味ではないか、というようなニュアンスであった
この指摘も示唆に富むものであった
お話の過程で、最新のAIを利用して科学の内容や研究者へのオマージュなどを歌で紹介されていた
その中に、わたしがパリに渡る前の心境を謳った詩をAIと相談の上で歌にしたものもあり、しかもフランス語バージョンも出てきて驚いた
久しぶりに聞くフランス語の音は愛おしく感じた
また、最後に出されたマルティン・ブーバー(1878-1965)の言葉も印象に残った
「始めることさえ忘れなければ、人はいつまでも若い」
「存在とは出会いである」
会の詳細については、近いうちに専用サイトにまとめる予定である
訪問していただければ幸いである


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